【第7回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~最期を迎えて~
さらに一週間後、Mさんは静かに息を引き取りました。皆から愛されるMさんらしく、人の多い昼間の時間帯に亡くなりました。Tさんも、報せを受けてすぐに施設へいらっしゃいました。Mさんの側でTさんはぼんやりと佇み、無言でMさんの手を握りました。Mさんの顔は、いつも通り少し微笑んだようなとても穏やかな表情でした。 葬儀も全て終わり、退所手続きのために後日Tさんが訪れました。手続きを終え、「お蔭さまで無事に母を見送ることができました。ありがとうございました。」とTさんが頭を下げました。「Tさんのご意向通 ...
【第6回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~終末期ケア~
遠慮がちにではありましたが、ご家族としての意向をTさんから聞くことができました。このまま食事がとれなくなっても点滴やその他の医療・延命処置は希望せず、痛みや苦痛なく穏やかに過ごすことを優先させるということでMさんの終末期ケアの方針が定まりました。 特養のご利用者の家族には、延命を希望しないという意向を持つ方がとても多いです。自宅で最期を迎えることはできなくても、少しでも家のような雰囲気の中で穏やかに最期を迎えてほしいという方が特養への入所を希望する傾向にあるのかもしれません。しかし、私はTさ ...
【第5回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~二度目のカンファレンス~
しかし、Mさんの状態は毎日変わっていきます。Tさんの気持ちに沿いながら、出来る限りご本人とご家族の意向に沿った支援をしなければなりません。カンファレンスの中で、Tさんは「安らかに最期を迎えてほしい」という気持ちをお話してくれました。二回目のカンファレンスでは、そこに重点を置いてTさんの思う「安らかな最期」がどういうものかを聞いてみることにしました。 最初のカンファレンスから二週間後、二回目を開催することができました。医師より、Mさんにとって安らかに過ごすということはどういうものだと思いますか ...
【第4回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~Tさんの気持ち~
「でも、別に意向なんて大層なものはないんです。安らかに最期を迎えてくれればそれで良いかなって…。」そう言ったっきり、Tさんは黙ってしまいました。困惑しているようにも見え、もうその日はそれ以上ご家族としての気持ちを引き出せそうにありませんでした。 「別に、今すぐ決めなければいけないということではないんです。これはとても大切なことで、簡単に答えが出るものではないと思うので、これを機会に考えてみてください。」とお伝えし、その日は終えました。 イマイチTさんのMさんに対する思いがわから ...
【第3回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~Mさんの変化~
面会についてはどのくらいの頻度で来ていたのか、記録がありませんでした。しかし、開設当初から働いている職員に聞いてみても、Mさんのところに家族が来ているのはほとんど見たことがないと言っていました。遠方なのかと思いましたが、娘さんの住所を見て驚きました。車で10分ほどの距離に住んでいるのです。こんなに近いのに全く訪れないというのは、やはり何か事情があるのだろうと思いました。 そして、私はその後相談員となりました。現場の介護から離れて半年ほど経った頃、Mさんの状態が徐々に変わってきました。食事がと ...
【第2回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~娘さんとの出会い~
私はそのとき初めて、その方がMさんの娘さんであることを知りました。「あ、こちらこそ初めまして。介護職員をしておりますSと申します。」サングラスをかけたまま、表情が読めないTさんに私は少し戸惑っていました。 「ばあちゃん久しぶり。元気そうね。」Tさんがそう声をかけると、Mさんはいつものように「んー!」と答えました。いつもと変わらない様子のMさん、娘さんがいらしていることは全くわかっていないようです。Tさんはそれ以上Mさんに話しかけることはなく、タンスの衣類を入れ替えたり部屋の掃除をしたりしてい ...
【第1回】愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~皆から好かれるMさん~
私が特養にて相談員として働いていた頃、Mさんというご利用者さんがいました。要介護5で、生活の全てに介助を要する94歳の女性でした。重度の認知症のため言葉によるコミュニケーションはほとんどとれず、足も全く力が入らないため移動は常に車椅子という生活でした。 本来、職員からご利用者さんに対して好き嫌いなどがあってはいけません。しかし実際のところは、やはり人間同士なので職員とご利用者さんの間にも相性や好みがあります。Mさんは、職員だけでなく周りの誰からも好かれる存在でした。「愛されキャラ」だよね、と ...
【第8回】 在宅生活を強く望むUさん ~ご本人の気持ちに沿った支援を~
Kさんからの返答を聞き、私は複雑な気持ちになりました。受け入れてくれる施設が少ないということは、当然Uさんにとって良いことではありません。 本来、施設側が利用者を選ぶということはあってはならないことです。しかし、施設職員であった私には施設側の事情や気持ちもよくわかる部分がありました。施設を利用している他の方の安全を保障することもまたサービス提供者の責任であり、怠ってはならないものです。施設側はそれを優先するあまり、職員がつきっきりになってしまうような利用者の方を受け入れることに消極的になってしまうので ...
【第7回】 在宅生活を強く望むUさん ~定期利用へと~
二回目の利用希望は、約1ヶ月後に訪れました。初回と同様にお迎えは私が同乗していきました。Uさんはやはり準備ができておらず、着替えをするところから始まりました。ご本人の中で全てがリセットされていることを覚悟の上で迎えに行ったのですが、意外にも私の顔を覚えていてくれたようでした。「おはようございます。」とご挨拶をした私に、「あら、あなた。どうもね。」と微笑んでくれたのです。 Uさんは会ったことのある人の顔はなんとなく見覚えがあるようで、前回利用のときに関わった介護職員数人のことも認識していました。そして、施設 ...
【第6回】 在宅生活を強く望むUさん ~宿泊成功~
「本当にあの子がそんなことを?」Uさんは驚いたようにそう聞き返してきました。嘘ではありませんでしたが、これをUさんにお伝えするのは賭けでした。 今後の二人の関係に影響を与えてしまう可能性があるため、伝え方に十分注意しなければならないと思いながら切り出したことでした。 「そうだったの…。知らないうちにあの子にも無理させてたのね。気付いてやれなくて悪いことしたね。」と、Uさんは項垂れました。 「でも、Nさんは本当にUさんのことを大切に思っているんだと思いますよ。だから、少しだけ休めればまたこれからも変わら ...