さらに一週間後、Mさんは静かに息を引き取りました。皆から愛されるMさんらしく、人の多い昼間の時間帯に亡くなりました。Tさんも、報せを受けてすぐに施設へいらっしゃいました。Mさんの側でTさんはぼんやりと佇み、無言でMさんの手を握りました。Mさんの顔は、いつも通り少し微笑んだようなとても穏やかな表情でした。
葬儀も全て終わり、退所手続きのために後日Tさんが訪れました。手続きを終え、「お蔭さまで無事に母を見送ることができました。ありがとうございました。」とTさんが頭を下げました。「Tさんのご意向通り、Mさんは穏やかな最期を迎えることができたと思います。」と私が言うと、Tさんは困ったように微笑みました。「これで良かったのかどうか、何が正解だったのか…。結局私は母に何もできず、施設の方々に全てお任せでした。」そう言うと、Tさんは少し俯きました。
「そんなことはないと思います。正解は私にもわかりませんが、Tさんが悩んで悩んで結論を出したということが、Mさんにとっては嬉しいものだったのではないでしょうか?私たちは生活のお手伝いをすることはできますが、家族の代わりになることはできません。Mさんは食事がとれなくなってもTさんが持ってきてくれたプリンやジュースだけは美味しそうに口にしていました。Tさんは、家族にしかできないことをきちんとしてくださったと思っています。」
少しおこがましいことを言ってしまったような気がしてTさんの顔を見ると、Tさんはぽとりと涙を零して「ありがとうございます。」と微笑んでくださいました。
Mさんが最期の瞬間まで幸せだったかどうか、それはMさんにしかわかりません。しかし私は亡くなったときのMさんの穏やかな表情が全てを物語っているように思えました。Tさんが親の老いをなかなか受け入れることができなかった自分を悔いることなく、今も幸せに暮らしていてくださることを祈っています。