いつまで経っても、時間が解決してくれることはありませんでした。Kさんに了承を得ずに入所させたことでご主人との関係はさらに悪くなり、面会に来る度にケンカをしていました。そして、しばらくするとKさんは職員の目を盗んでは施設から出て行ってしまうようになりました。Kさんの自宅までは車で10分程の距離でしたが、77歳のお年寄りが車椅子を自分でこいで帰ることのできる距離ではありません。
その度に職員は追いかけていき、Kさんの話に耳を傾けました。「とにかく家に帰りたいんだよ。私がこんなところでこうしている今も、あの人は女の人といるのかもしれない。私が私の家に帰って何が悪いっていうの?どうしてこんなところで暮らさなければいけないの?」
辛い気持ちを聞いてあげれば収まるようなものではありませんでした。Kさんは自宅へ帰ることを切に願っており、特養への入所という事実を依然として受け入れられないままでした。そんな状態が1年も続きました。このような生活を続けても、Kさんがここで幸せに生きることはできません。
私はご主人と話し合いの場を持つことを提案しました。今後このまま特養で暮らしていくにせよ、それ以外の道を考えるにせよ、今のままでは前に進めません。福祉に携わる専門職として、家族の思いももちろん尊重すべきものですが、本人の人生は本人のものです。きちんとお互いの思いを伝えあって、Kさんとご主人にとってベストな方法を探していかなければなりません。
ご主人は気が乗らない様子ではありましたが、話し合いに応じてくれました。話し合いにはKさんとご主人、そして施設相談員と看護師、介護職員である私が同席しました。
まず、双方の思いを聞いてみました。当然Kさんは「家に帰りたい」の一点張り。また、ご主人は「家で2人だけの生活は難しい」という姿勢でした。私はKさんの施設での様子を伝えました。とにかく家に帰りたいという思いを持ちながらの生活がKさんにとって大きなストレスになっており、食事も満足にとれておらず、頻繁に施設から出て行ってしまうことで事故などに遭うリスクもあると話しました。