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【小説風事例紹介】住み慣れた家と認知症のGさん

time 2019/05/07

【小説風事例紹介】住み慣れた家と認知症のGさん  関連記事:すさんでいる介護職に読んでもらいたい!小説風の事例集  

1.Gさんの家

私が小規模多機能ホーム(小規模多機能型居宅介護)でケアマネージャー、介護職員として働いていた時の話です。

 

小規模多機能ホームでは1つの事業所で通い(デイサービス)、訪問(ヘルパー)、宿泊(ショートステイ)の3サービスが一体的に提供されます。対象者は在宅の要介護(要支援)の方となります。

 

サービス毎に事業所が変わることがなく、また馴染みのスタッフが関わるので環境、人の変化がないため、認知症の方でも混乱が少ないと言われています。

 

Gさんは昔ながらの大きなお屋敷で一人暮らしをしていました。ご主人に先立たれて1年ほど経ってから、ひどい物忘れや新しい予定をこなせなくなる等の症状が見られるようになり、認知症の診断を受けました。

 

加えて足腰も衰えていましたが日常生活には特段の支障なく過ごしており、小規模多機能ホームの利用は自宅の風呂が危ないし、何かあった時のため、転ばぬ先の杖程度での利用でした。

 

そんなGさんが住むのは、子供らを連れて行けば一日中かくれんぼができそうな大きなお屋敷。Gさんが移動する範囲は知れていましたが、細々と生活していました。

 

私の初めての訪問の際、ちょうど食事の準備中だったようで、おいしそうな匂いが家中に立ち込めています。

 

「誰も食べる人はいないんですけどね…」と言いながらも、おいしそうな料理が入った数個の小鉢を手際良く並べていました。それらを慎重にご主人の仏壇まで運び、手を合わせます。

 

コチコチと音を立てて時を刻む古い掛け時計。ちょうど12時になり「ボーン」と12回、時を知らせてくれました。

 

洗濯板やかまど、壁掛け電話などのレトロアイテムに囲まれ、昔にタイムスリップしたような空間の中、Gさんだけの時が流れていました。見聞したことがないものを懐かしいと言うべきなのか分かりませんが、そこには確実に懐かしさがありました。

 

物珍しそうに家の中をウロウロしている私に(本当はこんなことをしてはいけませんが)、「古くさい、使えない物ばっかり、ごめんなさいね。でも若いお兄さんには珍しいかしら。ゆっくり見て行って下さいね」と話しました。謙遜しながらもGさんの表情はどこか誇らしく、珍しいアイテムについて色々と尋ねる不躾な私の質問に、一つ一つ丁寧に答えてくれました。

 

居間には美しい木目のテーブルがあり、Gさんはそこに自身の昼食を並べていました。昔は親戚やご近所さん、ご主人の友人等がしょっちゅう訪れ、大層賑やかだったそうです。

 

私の祖父母はもっとボロボロの長屋に住んでいましたが、久々にそこに訪れたような、ホッとする時間を過ごしたのです。

 

2.Gさんの転機

Gさんは人の一歩も二歩も下がって様子を見ているような非常に控え目な性格で、通所では他の利用者に可愛がられていました。訪問では身の回りの簡単な環境整備をするぐらいで、宿泊の利用はありません。通所時の入浴以外に特に介助は必要なく、他者との関係も良好でしたので、私たちにとっては非常にやりやすい利用者さんだったのです。

 

ある日、ご家族から連絡が入ります。自宅で転倒して入院、大腿骨を骨折し、1カ月ほど入院になったとのことでした。それに関連し、相談したいことがあると。

 

Gさんは才色兼備で、地主だったご主人に一目惚れされて今の家に嫁いできました。跡取りとなる一人息子にも恵まれ、その彼もトップクラスの国立大学を卒業。弁護士試験に1発で合格し、自宅近くでマンションを購入して事務所を開業し、地域の方々の相談に応じていました。やがて息子さんは結婚し、Gさんにとっての孫にも恵まれます。

 

聞くだけでお腹いっぱいになりそうな勝ち組の様相ですが、お嫁さんとの関係は今一つのようでした。彼女はバリバリのキャリアウーマンで、いかにも「デキる女」という感じのツンツンした感じの方でした。

 

一方、Gさんは自分の思っていることを言わず、いつも誰かの意見に従うような非常に謙虚な生活でした。お嫁さんとの衝突はないものの、Gさんの煮え切らない態度に日頃から苛立ちを感じ、強く当たっていたようです。

 

Gさんに関して息子さんはあまり関心がなかったようで、何度か顔を見た程度でした。頭の良さそうな淡々としたイメージの男性でした。キーパーソンはお嫁さんとなっており、今回の連絡も彼女からでした。

 

今回の事故は自宅の環境の悪さが原因だったのは明らかなので、解体レベルで大規模に改修し、自分たちが同居して面倒を見ようと思っている。工事が終わるまでの間、土日は息子さんたちのマンションで面倒を見るので、平日は宿泊で対応してほしいといった話でした。

 

今までGさんはほとんどご家族との関わりがなかったこともあり、安全が確保されるのであれば私たちも安心でした。一方、長年住み続けた自宅を立て替えることにGさんは同意しているのか、気持ち的な部分で悪影響を及ぼさないかという不安はありましたが、ご家族間の決定事項として進んでいる様子でしたので、何も言わず了承しました。

 

退院後のGさんは以前よりも自身の状況理解が苦手になっており、そこに平日の宿泊というイレギュラーが入ったため症状に拍車をかけてしまったようで、しきりに「分からない」と言うようになりました。

 

3.お父さん、ごめんなさい

私たちの見立てでは、Gさんは改築のことをあまり理解できていませんでした。宿泊に至った経緯も記憶しているのかどうかあやふやな様子でしたが、何となく家族から疎まれ、家を追い出されたような気持になっていたようです。

 

Gさんはそれほど手のかかる利用者ではありませんでしたが、度々不安を訴えるようになり、宿泊室で一人きりになってシクシク泣いている姿を見せるようになりました。

 

「息子さんたちが家を住み良くして一緒に住んでくれるらしいので、あと少しの辛抱ですよ」的なことを伝えると、その時は息子たちには本当に感謝しているという風に応えますが、Gさんの心のわだかまりが解消できていないのは明らかでした。

 

家に帰りたいとフロアをウロウロしている利用者に「あなたの帰る家は必ずありますから、きっと大丈夫ですよ」と声をかけていたGさんが、逆に他の利用者から慰められるようになりました。お嫁さんにもその旨を伝えますが、どうしても改築を非難されたと捉えてしまうようで(実際そうなのですが…)、毎回「お義母さんのためにやってるのに、何を言ってるのかしら!どうして分かってもらえないんでしょうね!」と言われる始末でした。

 

ある週末の帰宅後、話を聞いてほしいとお嫁さんからお呼びがかかります。帰宅中にGさんを連れて改築中の自宅を見に行ったそうなのですが、「お父さんの家…どうして…お父さん、お父さん、ゴメンなさい…」と何度も手を合わせ、ひっそり涙を流していたそうです。

 

いつも以上に熱の入った恒例の「お義母さんのためにやってるのに!」が始まりました。せっかく家族一丸となって新しいアクションを起こそうとしている矢先、肝心の本人が落ち込んでいるのはあまり気分の良いものではないでしょう。お嫁さんの言い分も間違っていないのですが、何とも表現しがたい気持ちになりました。

 

それもそのはず、改築後の同棲を理解できていないGさんにとっては、目の前で自宅が破壊(改築途中)されている様を目の当たりにしたのと同じだったのでしょう。その場でご家族が十分な説明をしていたのかどうか確かめる術はありませんでしたが、普段の関係性を見ている限り、どのような状況だったかを察するに十分でした。

 

別件でGさんの自宅近くを通ると、以前のお屋敷とは全く別の、誰が見てもオシャレと言うであろう広大かつモダンな建物が完成しかけていました。現場の前では息子さん家族がご近所さんと思しき人と嬉しそうに立ち話をしています。「お義母さんが住み良くなるために建て替えたの!私たちが面倒を見るのよ!」とでも言っていたのでしょう。

 

4.何ということでしょう

Gさんの新居が完成します。外観は何となく分かっており、確かに凄そうとは感じていましたが、最初に訪問したスタッフの報告は「とにかくヤバい、スゴい」というシンプルかつ薄っぺらいものでした。

 

もっと社会人らしいまともな感性をもてないものかと思いながら、私も初めて訪問します。確かに、とにかくヤバく、スゴいことになっていました。

 

母屋に離れ、土間、かまど、トイレの朝顔(男性用の小便器)等々。Gさんが暮らしていた昔ながらの居場所やアイテムは一掃され、そこはまるで高級な和風旅館でした。某リフォームのテレビ番組であれば確実に「何ということでしょう!」とナレーションが入るレベルに変貌を遂げていました。

 

普段は不愛想なお嫁さんが嬉しそうに家の中を案内してくれました。改築に数千万かかったこと、高級な木材を使っていること、平屋建てで全てバリアフリー設計になっていること、中庭の日本庭園が見どころ等と誇らしげに聞かせてくれました。

 

いつもは仏頂面の息子さんはリビングの高級そうな椅子に座ってドヤ顔で本を読んでいましたが、途中からニコニコしながら新居の内覧会に参加します。傍らでわざとらしく勉強しているお孫さんを指さし、家が新しくなってから今まで以上に勉強を頑張るようになった等、私にとってはどうでもよい情報も教えてくれました。

 

肝心のGさんの部屋はリビングから少し離れた部屋にありました。木の良い香りがするオシャレな引き戸をノックし、中に入ります。Gさんは不安そうに室内をウロウロしており、姑さんの顔を見るなり「すいません、何も分からなくて…」と狼狽していました。

 

「せっかく過ごしやすくなったのに、ずっとこの態度!わざわざお義母さんのためにやったんですけどね!」と吐き捨ててどこかに行ってしまいました。家中に恩着せがましさが渦巻いており、うがった見方をするとFさんの介護に便乗した自己満足ではないかとも捉えられました。

 

Gさんに話しかけると、「ここがどこか分からなくて、皆さんに迷惑ばかりかけて…もうどうしてよいのか」同じようなことばかり話します。元々あった自宅の掛け時計やテーブル、ご主人の仏壇などは配慮としてそのままGさんの部屋に置かれていましたが、本人にとってそれらがどこからかワープしてきたような感覚になっているようです。「これは仏様、お父さんが買った時計とテーブル…誰が運んできたのか…ここに置いていていいのか…どうしてこんなことに…」

 

5.新居

混乱を隠せないGさんをよそに、まだモタモタしているのかと言わんばかりにお嫁さんが様子を見に来ます。環境が大きく変わったので、まだ周りの状況が理解できていないのかもしれないことを伝えると、Gさんは昔から適応能力が高かったこと、非常に頭が良く、様々な学問に精通していたこと等を立て板に水で教えてくれました。

 

Gさんのご家族は勉強はできるようでしたが、認知症に対する理解は今一つで、あれだけ頭の良かった人なのだから、それぐらいは分かる、できるだろうと信じて疑いませんでした。

 

実際、過去のスキルや頭の良さと言ったものは認知症になっても残存していることが多いのですが、新しい出来事に対する理解や適応、記憶は苦手になる方が多く、その辺りの特徴に納得がいかなかったようです。

 

ショッキングな出来事と急激な環境変化。基本的な能力があればそれに対応し、乗り越えられる問題なのかもしれませんが、根本的に何かが違う。それを説明する気も起こらず、「私自身が不慣れなもので、お待たせしました」と伝え、Gさんの着替えを手伝った後、一緒に自宅を出ました。

 

ここは新しいGさんの家。それは紛れもない事実ですが、昔の家を改築したことをGさんは理解できていませんでした。送迎車に案内すると、「そう、ここに私の家があったんですけど…。あれ、私どこから出てきたのかしら」

 

周囲の環境は昔から何も変わっていないのに、Gさんの家だけがやたら新しくスペシャルに変わっている。普通なら気分が高揚したり優越感に浸ったりするところですが、肝心の本人だけが置いてきぼりになっていました。

 

送迎者の中でもぼんやりと外を眺め、物憂げな表情で時折首をかしげていました。色々と言いたいこと、聞きたいことがあったのでしょうが、ぐっと気持ちを押し殺していたのでしょう。通常であれば新しい自宅の話題で持ちきりになるであろうところ、かける言葉が見つかりませんでした。

 

Gさんは新しいことほとんど記憶できない状態になっていましたが、おぼろげながら何か大きくショックを受ける出来事があったということは頭に残っていたようです。今まで以上に人の輪から離れるようになり、集団の中にいても寂し気な表情でぼんやりと過ごすようになりました。

 

親御さんが不自由や危険を感じないように大枚をはたいて自宅を改築し、息子夫婦に面倒を見てもらえる。これ以上に幸せなことはないように聞こえますが、残念ながらGさんがそれを喜んでいるようには見えませんでした。

 

6.新生活の終わりと始まり

日に日にFさんの顔はやつれ、自宅での徘徊や失禁を繰り返すようになりました。ひどい時には着の身着のままで自宅を出て行き、何度か警察のお世話になることもありました。以前のGさんからは考えらえない状態で、ホームとの連絡帳はお嫁さんの怒りと愚痴に満ち溢れていました。自宅内でのご家族とGさんの会話は全くなく、食事においては他人と相席になった時よりも気まずく辛気臭いとも書かれていました。

 

しかし、これはあくまでもご家族目線での話であり、Gさんにしてみればどこか分からない所に連れて来られた、息子さんやお嫁さん、お孫さんまでいるが、いちいち聞きに行くわけにもいかない。とりあえず外の様子はどうなっているのか確かめてみたものの迷子になってしまった。

 

徘徊というよりは自身の居場所が分からず彷徨っていた、失禁というよりはトイレの場所が分からず、かつ間に合わなかったというのが相応しいのかもしれません。そのことを伝えるのは「良かれと思ってやってあげた」改築を非難することに繋がります。いつしか、Gさんとご家族に自宅のことは暗黙のタブーのようになってしまいました。

 

そうこうしているうちに、お嫁さんからGさんをグループホームに入居させたいとの相談がありました。遅かれ早かれそうなる気はしていましたが、新生活が始まってまだ2カ月程度でした。

一般論としては、これ以上の環境変化による負荷は避けたほうが良いのでしょう。しかし、自宅であって自宅でない、居心地の悪い場所で過ごすくらいであれば、グループホームで生活する方がGさんにとって快適になるかもしれない。

 

実は最初からそれが目的だったのではないか、ご家族が費用を負担したかのようになっているが、Gさんのお金だったのではないか。私たちの中でワイドショーばりの邪推が飛び交いましたが、Gさんの状態が思わしくないことを不安視しているのは皆同じでした。

 

同法人でグループホームを運営していたので、早速そこの施設長に相談しました。ちょうど空室があったようで、いつでも来てほしいと快諾してくれたため、その方向で進めました。

 

ご家族は受け入れ側が待ったをかけるぐらいのスピードで手続きを進めていきます。

 

その最中にお嫁さんが漏らした「1日も早く出て行ってほしいんです」という一言に、全てが集約されていた気がしました。Gさんの新生活はあっという間に終わりを告げ、グループホームでの新生活へと移行しました。

 

7.新しく、便利であればよいのか

一昔前に比べると高齢者に配慮した建築等の技術は格段に進歩しており、お金さえ出せば老若男女を問わず不便なく生活できる環境を手に入れられるようになりました。

 

梁や大きめの家具などを活かし、従来のコンセプトを残したままでのリフォームなども珍しくなくなり、環境変化への配慮もなされるようになってきています。

 

その応用で、入居等の際は敢えて使い慣れた家具を持って来てもらえるようお願いすることが多くあります。意図は十分に理解できますし、せめて身の回りの物品だけでも馴染みがあれば心の安らぎに繋がることでしょう。

 

しかし、状況を理解できるのであれば問題ありませんが、そうでない場合はかえって混乱を招くこともあるようです。Gさんのように、あるはずのない場所にあるはずのない物があるという風に感じてしまうことも有り得るのです。

 

築年数が古く、段差だらけで現在は使われないような道具に囲まれた、不便だけれども趣のある家。それこそがGさんが暮らし、思い出を作り上げてきた家でした。

 

確かに高齢者が一人で住むには危険で不自由な場所も多く、そこでの生活の中で転倒、骨折してしまったのも事実です。

 

ご家族や周囲の人にしてみれば、一人寂しく危ない場所で住んでいるのはどうかとなるのは当然のことでしょう。しかし、Gさんにとっては「そこで生活している」こと自体に意味があったのではないかという気がしました。

 

ご家族が良かれと思って(本音は分かりませんが)実行した住宅改修と同居が、Gさんの居場所を失わせてしまったようです。状態悪化の原因が必ずしも改築にあったとは言い切れませんが、何らかの一因になったであろうことは否定できません。結局のところ、周囲がどれだけサポートできるかが肝心であり、そこが欠けるとどれだけ立派な環境を整えても「仏作って魂入れず」になってしまうのです。

 

一般的な感覚で良いと思われることが、高齢者、特に認知症の方にとっても必ずしも良いとは限りません。特に住まいというのはそこが立派であるとか古い、汚いといったことは関係なく、匂い、空気、音を含めた全てが本人を作り上げてきた空間となります。長らくそこで暮らしてきたのであれば尚更のことです。

 

私は異動の多い法人に勤めており、その後グループホームの配属になりました。人より一歩も二歩も後ろで、温かく皆を見守る。困っている入居者に声をかけ、共に悩む心優しい女性。「本当のGさん」と、再会を果たしました。

 

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