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【小説風事例紹介】このままで良いHさん

time 2019/05/05

【小説風事例紹介】このままで良いHさん  関連記事:すさんでいる介護職に読んでもらいたい!小説風の事例集  

1.依頼

私が小規模多機能ホームでケアマネージャー兼介護職員として勤務していた時のお話です。

 

小規模多機能ホームは一つの事業所で通い(デイサービス)、訪問(ヘルパー)、宿泊(ショートステイ)の3サービスを一体的に提供するシステムです。利用者にとっては柔軟な対応が大きな魅力ですが、運営側にとってはそれなりの体制を整えておく必要があり、異動になった当初はそのシステムを理解し、対応するのに大変苦労しました。

 

マナーの悪い高校生集団、たまに見かける、コンビニの横でゴミ箱漁りをしているお婆さん、無気力な表情のサラリーマン等を横目に、事業所最寄りの自動販売機で甘めの缶コーヒーを買ってから出社する。徐々に小規模多機能ホームでの仕事が板についてきて、自身のルーティーンも定着してきました。

 

ある日、地域包括支援センターのAさんから電話が入りました。出るや否や「〇〇(私の苗字)さ~ん、ちょっとお願いしたいケースがあるんだけどぉ~」と甘えた声が聞こえてきました。

 

Aさんはそのような話し方がサマになる御年ではなく、一緒に仕事をすると非常に勉強になる(ロクなことがない)ので正直避けていた節があったのですが、私を頼りにしてくれており、無下に断ることもできませんでした。

 

そのケースはHさんという高齢の女性。どうやら認知症があるようで、風呂に入らず、食事もとっていない様子。日中はどこかに出歩いていて所在がつかめず、身体から悪臭を放っている。特にトラブルはないものの、区役所や警察署に通報が相次いでいる。それぞれに或いは連携して自宅に訪問したり、姿を見つけると保護したりショートステイの施設に連れて行って「保護」しているが、そろそろ地に足をつけてサービスを提供したい。本人は「このままでよいので放っておいてほしい」と拒否しているが、そういうわけにもいかないので何とかしてほしいとのことでした。

 

他人に迷惑をかけておらず、本人も現状維持を望んでいるのであれば無理にサービスを押しつけなくても良いのでは?とAさんに返しましたが、各機関で連携してセルフネグレクト(自己放任)案件として動いているので、そういうわけにはいかず、何とかしてほしい。近々※地域ケア会議があるので参加してほしいとのことで、仕方なく了承しました。

 

※簡単に言うと、地域包括支援センターが主催し、行政や各種専門職、地域住民で地域の課題や困難事例等について話し合う場のことです。

 

2.地域ケア会議

Aさん以外に市役所の担当、警察関係者、町会長、Hさんの近所に住む女性が参加していました。大層な名札の置かれた席に着き、会議が始まります。机にはHさんの情報と今までの経緯等、ホワイトボードには本人の顔写真が貼られていました。刑事ドラマで事件の概要や容疑者の特徴を説明するシーンを彷彿とさせる場です。

 

冒頭の状況説明は概ね最初にAさんから電話で聞いた通りで、特に新しい情報はありませんでした。耳だけ傾けて話を聞いていましたが、私はホワイトボードに貼られたHさんの写真が気になって仕方ありませんでした。ボサボサの白髪頭に浅黒い肌、薄汚いTシャツ。外をウロウロしている間に日焼けし、風呂にも入っていないのでこのようになったのでしょうか。言い方は悪いですが、写真からも臭気が漂ってきそうな風貌でした。

 

各関係者が順番に意見を述べていきます。おおよそ「保護して適切なケアを提供しなければならない」「それぞれが連携して見守って行かなければならない」というありきたりな答えばかりで、近所の女性に至っては「あの人がウロウロすることで、近所に住んでいる人が皆あんな風な人だと思われてしまう」という根も葉もない話でした。

 

その後も前に進まない薄っぺらい建前論と近所の女性の的外れな意見が続きましたが、話を掘り下げれば掘り下げるほど他者への実害がなく、単なる生活行動と見た目、臭いの問題だけではないのか思ってしまう話でした。

 

最終的には私の事業所が適任で、そこで対応するのがベストであるという結論に持って行こうとする空気感が透けて見えました。

 

最初から結論ありきの会議であったことは薄々感じていたので、場を読んで「うちの事業所で対応を試みるので、皆さんにも協力をお願いしたいと思います」とシナリオ通りに話を進めました。もちろん、白々しい「本当ですか?!」みたいなオーディエンスの反応も織り込み済みです。

 

議場の英雄になったその時、ずっとHさんの写真が気になっていた理由にふと気付きました。今回私が今回受け持つことになったのは、通勤中にたまに見かける、コンビニの横でゴミ箱漁りをしているお婆さんだった。

 

まさか自分の担当になるとは思ってもいませんでしたが、皆の前で請け負った以上、やるしかありません。Aさんは「さすが〇〇さん!頼もしい~!」と甘えた声を出していましたが、毎度のことなので適当に聞き流し、追加情報の準備を依頼してその日の地域ケア会議は終了となりました。

 

3.利用意思のない利用者

最新の状況は分かりませんが、当時の小規模多機能ホームの運営基準として、「週に4回程度は通所サービスを利用することが望まれる」という旨の文言がありました。そもそも所在の掴めないHさんにつき、利用契約を結べるのか、通所回数等の運営基準を満たすことができるのかといった問題が早くも浮上します。

 

Aさんに相談したところ、Hさんをみつけたらすぐに地域包括支援センターで保護するので、その時に契約の手続きに来てほしいという強引な答えでした。利用回数についてはすぐに所轄の部署に事情を説明して話を通してくれ、「Hさんの場合はアプローチすることが大切なので、実施内容の詳細を適正に記録しておけば大目に見る」とのお墨付きを得られました。

 

ついでに追加の詳細情報も手に入ったため、目を通します。何故かお金には不自由していないようで、家賃や水光熱費等の滞納はない。30年以上現在の自宅に住んでいるが近所付き合いは皆無。一方でトラブルを起こすこともなく飄々と自分のペースで生活を続けており、ホームレスのような風貌とルーティーンは今に始まったことではない。

 

結婚歴はなく、身寄りの有無も不明。精神疾患や認知症の類ではないかと本人の身を案じた近隣住民からの通報が相次ぎ、各種行政機関の介入が始まった。特に金銭トラブル等もないものの、社会福祉協議会が辛うじて本人の同意を取り付け、金銭管理等を行っている。

 

ショートステイ先では特に介助の必要性はないものの「私はこのままでいいの!」と入浴を強く拒否し、ここから出してほしい等の訴えが続いて大変だった。自宅に鍵はあるものの施錠の習慣がないようで、訪問して反応がなければ不在、在宅していれば返事があるという具合。といったことが書かれていました。

 

私は、契約や通所回数以前に、本当にサービス利用の必要性があるのか、Hさんの生活に全く問題がないとは言えませんが、誰にも迷惑をかけていないし、周りが騒いでいるだけではないのか。人格やケアマネージャーとしての資質を疑われるかもしれませんが、そのような気がしてなりませんでした。

 

そんな葛藤を抱いている最中、狙ったかのようにAさんから電話が入ります。「Hさんを掴まえたから、早くセンターに来て!」まるで珍獣を捉えたかのような言い方でしたが、ちょうど手が空いていたこともあり、契約書を持ってHさんの元に向かいます。顔を見たことはあるものの、Hさんと話をするのはこの日が初めてです。

 

4.Hさんとの対面

地域包括支援センター内に入った瞬間、鼻をつく悪臭が漂っていました。汗をかき、乾くというルーティーンを繰り返したTシャツ、小便をかけられ続けたアスファルト、牛乳を拭いた後の乾いた雑巾。身近な例でいえばその辺りのジャンルで、それを何十倍にも増幅させたような臭い。文章でうまく伝えられないのが、何ともどかしいことか。

 

HさんはAさんと話をしながら面談室で待機していました。人間は臭気には早い段階で順応すると言われていますが、ここではセオリーが通じませんでした。努めて平静を装い、名刺を渡して挨拶します。

 

「兄さんも皆に呼ばれてきたんかね。やはり、私は無様に見えるかね?」開口一番、Hさんは穏やかな口調でそう話しました。非常に鋭い眼光で、思わず一瞬目を逸らしてしまいました。

 

差し障りのない答えでお茶を濁しましたが、「無様というよりも臭い」というのが何よりの本音でした。

 

「年寄りの集会所に顔を出しなさいってAさんがしつこくてね。んで、そこの兄さんが契約書を持ってくるからサインをして今後は面倒を見てもらってくれと。私はこのままでいいんだけど、それで兄さんのメンツが立つのなら協力するよ」彼女は自身の状況を理解しているどころか、こちらの思惑は完全に見透かされている。そんな気がしました。

 

急きょ契約書の説明に入りますが、Hさんはほとんど説明を聞いません。ペラペラとページをめくり、風貌からは想像できないような達筆で次々に署名欄を埋めていきます。ハンコは持っていないとのことで、傍らにあった朱肉にワイルドに指を押し付け、契約書に拇印をついていきます。本来であればオレンジのような色が映るはずなのですが、指に汚れが蓄積されているのか、赤黒い指紋が残っていました。

 

一応、週に4回は来所してほしいことを伝えますが、色々と忙しいので頻繁に行けないとのことでした。一方、Hさんが家にいて、かつその気になれば行くかもしれないとも話しました。彼女にしてみれば、私たちが気乗りしない飲み会に「行けたら行く」と適当に答えるような感覚なのでしょう。

 

Hさんの自宅周囲は一方通行が多く、車で迎えに行くには大きく迂回する必要がありました。加えて交通量が多いうえに駐車できるスペースがなく、送迎の難所と呼ばれる地域でした。時間的には事業所から自転車で7~8分、歩いて10分~15分程度の場所にあり、苦にならないのであれば自転車か徒歩で行く方が無難です。当面は通所のお迎えを兼ねた安否確認+訪問からスタートすることになりました。

 

5.かくれんぼ

スタッフ間で情報を共有したところ、多数の「あのお婆さん?!」という声が上がりました。今まで特に話題になることはありませんでしたが、各々にHさんのことは認識していたことが明らかになりました。どのような人なのかが分かっていれば話は早い。さすがに帰宅途中やプライベートに発見した場合等はスルーでよいですが、自宅への訪問に加え、それ以外のタイミングで見かけた際は来所を促すことになりました。

 

サービス利用開始(?)から早2週間、自宅訪問での接触回数はゼロ。これだけ目撃者がいるのだから、すぐに来所に繋げられるだろうと最初は高を括っていました。私も他利用者の訪問等のついでにHさんを探しますが、こんな時に限って誰一人として彼女に接触できないのです。一方、彼氏とのデート中に隣町で見かけた、夜勤明けに事業所の最寄駅近くで見かけたが、連れて戻る元気がなかった等、意図的に私たちの動けない(動かない)タイミングで遭遇するように行動しているのではないかと思うぐらいにすれ違いが続きます。

 

地域包括のAさんらも動いてくれており、在宅中の接触には成功したものの、通所に繋げるには至らずで、それ以外の時間は今まで以上に行動パターンが掴めなくなったと話していました。

 

利用意思のない利用者とのかくれんぼ。色々な意味で、この状態が続くのは良くないと再び感じ始めました。

 

その矢先、自宅に訪問した新人スタッフから事業所に電話が入ります。「Hさんが家にいたので、一緒に戻りますね」彼女は専門学校を卒業したての女の子。私のように業界の酸いも甘いもを知って心の荒んだ輩とは違い、純粋かつ無欲だったのでしょう。

 

皆でHさんらの到着を野次馬のように窓から覗き込みます。彼女は何やら楽しそうにHさんと話をしながら、トコトコと事業所に戻ってきました。

 

Hさんが事業所に入った瞬間、無言でクンクンと臭いを嗅ぐ利用者、空気を読まず臭い臭いと騒ぎ立てる利用者等、予期せぬ事態が起こった際にどのような反応をするかのテストが始まった様相でした。

 

Hさんは食事をあっさりと平らげたため、流れで同性スタッフが入浴も試みましたが見事に撃沈。事業所に嫌なイメージが付いてはいけないとの配慮で、ひとまずその日は機嫌よく帰ってもらうことにしました。

 

その後もHさんは姿をくらませる状態が続いていましたが、新人スタッフが訪問すると何故か自宅にいることが多く、不定期での通所が実現されるようになりました。彼女にとってはそれが自信に繋がったようで、今まで以上に真面目に前向きに仕事に励んでくれるようになりました。

 

6.穏やかに

数日前から酷い寒さが続き、その日は雪が積もっていました。私の住む地域では滅多に雪が降らず、不慣れのためかあちこちで交通機関の遅延が発生し、スタッフがまばらに出勤してくる状態でした。

 

当日のHさんの訪問担当は例の新人スタッフだったのですが、自宅が遠方だったこともあり、出社に苦労していると連絡が入りました。

 

仕方なく代わりのスタッフを訪問に出します。雪で転ばないように声をかけると、「転んだら労災で1カ月入院するからね~!」と冗談を言いながら出発しました。

 

15分ぐらい経ち、訪問に出たスタッフから連絡が入ります。「労災か?!」と他のスタッフとふざけながら電話に出ると、「Hさんが、多分、亡くなってる」と。フロアに緊張感が走りましたが、ゾロゾロ出て行って解決する問題ではありません。訪問スタッフにひとまずの指示を出し、私も現場に急行します。

 

現地には消防と警察が来ており、Hさん宅の周囲は物騒な黄色テープで結界が張られ、野次馬が集まっていました。

 

地域ケア会議の時に的外れな意見で場を盛り上げてくれた近所のオバサンもその中に加わっており、あれこれ話したがっているのを警察官に遮られていました。第一発見者のスタッフが現場検証に立ち会っており、私も身分を明かして中に入ろうとしましたが、近所のオバサンと同じ扱いを受けてしまいます。

 

発見したのはベテランヘルパーだったため、私があれこれ言わなくともそつなく対応していたようで、的確な対応に消防や警察、地域包括の職員から称賛されていました。

 

後に聞いた話では、Hさんは1~2日前に自宅で死亡していたであろうとのことでした。事件性はなく、恐らく脳梗塞か心筋梗塞あたりが死因。夏場であれば随分酷いことになっていたが、ここ数日間は異常な寒さが続いており、ある意味では惨事に至らなかった。

 

発見したスタッフによれば、Hさんは和室の壁にもたれ、眠るように冷たくなっていたそうです。Hさんを見た瞬間、直感的にヤバいと思ったものの、私たちが見たことのない穏やかな表情に、焦りや悲しみよりも安心感を覚えたと話しました。

 

「ベテランヘルパーの肝」といったところでしょうか。当初の予定通りに新人スタッフが訪問していれば、色々な意味で大変なことになっていたかもしれません。

 

ちなみに、別の利用者宅に訪問した新人スタッフは移動中に自転車で転倒して膝を擦り剥きましたが、労災申請せずに事業所の看護師に消毒してもらい、バンドエイドで処置を済ませていました。

 

7.助けの手を差し伸べるということ

Hさんの意向は一貫して「私はこのままでよい」でした。しかし、放置しておけば別の場所でもっとひどい目に遭っていたかもしれません。

 

意向が本心なのか自暴自棄なのか確かめる術はなく、仮に分かったところで状況を変えられたのかと問われると、何とも言えません。

 

行政の関係者は総じて残念そうな、でも少しホッとしたような様子で、何度も「今回は本当にお世話になりました」と繰り返しお礼をしてくれました。私自身、そのことに対して悪い気はしませんでした。

 

しかし、一方で「保護」「人助け」の名目で、妙な正義感を振りかざして人の生活、さらには人生に土足で踏み込んでいただけではなかったのか、単なるお仕着せではなかったのかという気持ちが拭い切れなかったのも事実です。今回のお話がハッピーエンドなのかバッドエンドなのかすら分かないのです。

 

「アフリカの人は皆困っているという前提で見ていないか」という風なコラムか何かを読んだことがあります。食糧難や伝染病、多子や不十分な生活インフラ等は誰もが知るような事実ですが、現地の人達は困っているのか、不幸せなのかどうか、実際に行って確かめてみたと。

 

確かにそれらの問題はあるものの、現地の人達はそれなりに1日を過ごし、不自由なりにも楽しく幸せに暮らしていた。支援のために綺麗な衣類や便利な道具等を現地に持って行ったが、その有難みや便利さが理解できず、結局は無用の長物になった。余計なことを考えない分、各々の瞳はまぶしいほどに純粋に輝いていた。

 

流し読み程度だったので内容や趣旨が正しいか分かりませんが、概ねそのような内容でした。

 

アフリカの人とHさんを同様に論じることはできませんし、それぞれの生活様相が悪いという意味ではありませんが、彼女の対応をしている時、ふとそのコラムの内容を思い出したのです。

 

介護の仕事をしているかどうかに関わらず、困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然のことであり、否定の余地がありません。

 

ましてや今日の日本においてHさんのような生活を送っている人は当然に何らかの支援が必要と言えるでしょう。

 

しかし、そもそも「支援」という言葉自体が上からというか、助けてやっている感を含むのではないかと捉えてしまうのは、私に素直さが足りない証拠なのでしょうか。

 

うまく表現する力を持ち合わせておらず、何を言いたいのか自分でも分からない後味の悪い終わり方ですが、Hさんとの関わりの中で体験し、感じた全てなのです。

 

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