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【小説風事例紹介】温かい雰囲気の中で死を迎えることを選んだYさん

time 2017/05/14

【小説風事例紹介】温かい雰囲気の中で死を迎えることを選んだYさん  関連記事:社会福祉士を目指す方に読んでもらいたい事例をまとめました  

1.ケアハウスのおしとやかおばあちゃん

私が特別養護老人ホームにて相談員として働いていた頃の話です。私が勤めていたのは100床のユニット型特養でした。 同じ敷地内にケアハウス・グループホーム・ショートステイ・デイサービス等も併設されており、それぞれの建物が渡り廊下で繋がっている作りになっていました。

 

私は相談員になる前、同施設の特養で介護職員として働いておりました。 Yさんは、その頃ケアハウスに入居されていました。施設内は繋がっているため、利用者さんも行き来することができます。 ケアハウスは比較的お元気な方が入居されているのですが、認知症の方も多くいらっしゃいます。 Yさんはとてもお元気で歩行状態も安定していましたが若干の認知症があり、ケアハウスへの帰り道がわからなくなってしまうことが度々ありました。 そんなときに付き添ったことが何度かあり、通常特養以外の利用者さんはあまり把握していないのですが、Yさんはお名前も顔も認識していた数少ない利用者さんの一人でした。

 

Yさんは、おしとやかでお上品なイメージの女性でした。この頃すでに80代後半でしたが、足取りは軽くお散歩が好きだと話してくれました。 いつも静かにニコニコ微笑んでおり、穏やかな方でした。 認知症になるとちょっとしたことで感情的になってしまう方も多いですが、私が知る限りYさんはそのようなことがありませんでした。

 

特養の中に迷い込んでしまい帰り道がわからなくなっても自分から人に聞くことはせず、そんなときはホールのソファにぽつんと座っていました。 こちらから「こんにちは。どうかしましたか?」とお声をかけると、ちょっと恥ずかしそうに笑って「お部屋がわからなくなっちゃって…」と言うのです。 少し内気な面もあったように思います。 「じゃあ一緒に行きましょうか」と言うと、「いいのかしら、ありがとうございます」と立ち上がり、 ゆっくりお散歩をしながら部屋まで一緒に戻る、というのがいつものパターンでした。

2.特養への入所希望

そんなYさんが特養まで歩いてくることが徐々に少なくなり、いつの間にか全くなくなりました。そして私はその間に相談員となり今までとは違う業務内容に四苦八苦していたため、Yさんが来なくなったことには気付かず忙しい毎日を送っていました。

 

ある日、Yさんが特養に入所希望を出しているという話が舞い込んできました。そういえば、最近全く姿を見ていない…。このときに、初めてそのことに気付きました。話を持ってきたのはケアハウスの相談員Iさんでした。詳しく聞くと、末期ガンと宣告されており現在は入院中であるということでした。数か月前から具合が悪くなり、詳しい検査をしたところガンが見つかったがすでに治療できる段階ではないと言われたようです。入院し、最初は口から食事をとることができていたが徐々にとれなくなり、現在は全く食べることができないため点滴にて栄養補給をしているということでした。

 

うちの特養は、医師が在籍しておりましたが常駐はしていませんでした。看護師も日中しかおらず、夜間帯は介護職員のみとなります。そのため、一日中点滴を流したり針を留置(針部分を刺しっぱなしで固定)したりすることはできませんでした。つまり、現在のYさんの状態で特養に入所することはできないのです。

 

施設内で対応できる点滴の方法は、日中のみ・かつ栄養分ではなく水分のみの点滴となります。また、看護師のいる時間内での対応となるため、毎日針を抜き刺しすることになります。当然針を刺す際には痛みを伴いますし、毎日点滴をしていると徐々に血管が細くなり針を刺すこと自体ができなくなってしまう可能性もあります。病院での点滴とは違い、「苦痛を伴う上に長くは続けられない可能性がある」ということです。

 

現在のYさんの状態で入所を希望するのであれば、この条件での点滴を行うか、もしくは点滴を抜くという決断をするしかありません。食事が全くとれていないYさんにとって、後者はもちろん死を意味します。

 

3.Yさんの変化

「特養への入所はご家族の希望ですか?口から食べることは全くできていないんですよね?」I相談員へそう訊ねると、「実は、まだ正式な入所希望というわけではないんだ。でも、病院で最期を迎えることに気が進まないらしい。本当はケアハウスに戻りたいけれどそれは難しいから特養を考えているという話で、でも施設で対応できる点滴の方法を話したら迷い始めてしまったようだ。」との返答でした。

 

ケアハウスと特養の大きな違いは、ターミナルケア(終末期ケア)を行うかどうかという点です。うちのケアハウスでは「看取り」と呼ばれる終末期ケアを行っておらず、特養ではそれを可能としていました。現状、Yさんのようにいつ死が訪れてもおかしくないような状態ではケアハウスへ戻ることはできず、退去するしかないのです。

 

ケアハウスに同期がいたため、Yさんの話を聞いてみることにしました。入院前はどんな状態だったのか?と聞くと、「食事量は徐々に減っていて、なんとなく昼間でも部屋で寝ている時間が長くなっていた。以前はいろんなところへ散歩していたが、それも全くなくなっていた。歩行はなんとかできていたが、ある日部屋の中で転んでしまい足を骨折してしまった。そのため入院となり、そこでいろいろと検査をした結果ガンが見つかった。」という話を聞くことができました。もう骨折は治癒しているが、2か月ほどベッド上での生活だったため今は歩行できないらしいということでした。

 

「特養によく来ていた頃のYさんは知っているんだけど、最近は認知状態とかはどうだったの?」と聞くと、「そんなに大きくは変わらなかったよ。意思疎通は図れるし、前のように道や日付などがわからなくなることはあったけどね。でも入院してからは会っていないから、認知状態も変化しているかもね。」と教えてくれました。

 

しばらく見ない間に随分状態が変わっていたんだな…。と、少し寂しい気持ちになりました。

 

4.高齢者にとって食事とは

高齢者にとって入院というものは大きく状態を変化させる要因となります。骨折を治すために数か月入院したことで、骨折自体は治癒できたものの、筋力低下から歩けなくなってしまうということは往々にしてあります。そして、それと同様に入院生活が単調であるがために認知症が進行してしまったり、それまで認知症状がなかった方に突然症状が現れるということもよくあることです。

 

身体的にも認知面でも入院前の状態とは大きく変わっているだろうな、と思いました。そして、こうしている間にもYさんの状態は刻一刻と変化しているのでしょう。

 

病院での生活がマイナスばかりというわけではありません。しかし、病院は『治療の場』であるという特性上、どうしても身体機能や認知機能の維持というところまで手が回りません。結果として高齢者はどうしても状態を落としてしまうことになるのです。

 

人間にとって食事というものは、栄養補給という目的以上に様々な面で重要なことであると私は考えています。約5年間に亘る施設勤務の中で、口からものを食べることがいかに認知症の進行に大きな影響を及ぼすかということを目の当たりにしてきました。口から食事がとれず点滴や胃ろう・経管栄養により栄養をとるようになった方々は、たいてい認知症が進行します。生きるために必要な栄養は十分に補給されているにもかかわらず、です。それに加えて入院生活を数か月も続けているのであれば、おそらくYさんはもう自分の意思を伝えることはできない状態なのではないか、と私は考えていました。

 

あまり時間をかけてはいられない。そう思いました。今はまだ家族の意向が固まっていないからこちらが動くことはできないけれど、家族が入所の意思を固めたときにはすぐ動けるように準備をしておくことにしました。その頃、タイミング良く空室が出たところでした。次の入所者の話をすぐには進めず、Yさんが入所希望を出したときに入れる状態で様子を見ることにしました。

 

5.家族の決断

後日、Yさんの息子さんが施設へ来ました。ケアハウスのI相談員と共に私も同席させていただきました。

 

「結論から申し上げますと、決心がつきました。もう延命的な点滴は望みません。点滴を抜去し、特養への入所をさせていただきたいのです。」息子さんは落ち着いた様子でそう言い、特養への入所申請書を差し出しました。

 

「わかりました。申請書はお預かりします。今のYさんの状態で点滴を抜くことは死期を早めてしまうかもしれませんが、ご家族様としては施設で最期を迎えたいということですね。」

 

「家族の思いとしては、正直言って複雑でした。点滴を抜けば死を早めてしまう。でも、母は病院でも点滴を嫌がっているのです。針を刺し替える度に、『痛いから、これもうやらなくていいよ。』と言うのです。そんな様子をこの数か月間そばで見ていました。だから、点滴をこれ以上望む気にはなれません。施設のやり方であれば抜き刺しは毎日のことになってしまうのでしょう?とてもじゃないけど、それは母にとって苦痛だと思うのです。だからと言って、死を早める決断をすることはできなかった。このまま病院が一番いいのではないかとも思いました。」

 

「では、何故?それでもご決断されたというのは…」と、私が訪ねると、穏やかな顔で息子さんはこう言いました。

 

「母が自分で選んだのです。『早く帰りたい。ここではない、温かいところで過ごしたい。』そう言いました。母は、ケアハウスでの生活が好きでした。その言葉を聞いて、わかったんです。人生は長さではない。少しでも長く生きたとしても、母が幸せでなければ意味がない。母が幸せであるならその時間が結果的に短くなったとしてもその方が良いのだと、そう思えたんです。最期の時間を温かい場所で過ごせるように段取りをするのが家族の役目だと思いました。だから、こちらに帰してあげたいと思っているのです。」

 

正直言って、驚きました。同時に、施設で働く職員としてはとても嬉しいお言葉でもありました。まず、Yさんがそのように自分の意思をはっきり伝えることができる状態であることにびっくりしましたし、施設での生活をそんなふうに思ってくれていた事実がとてもありがたいことでした。

 

6.Yさんの笑顔

施設を「温かい」と感じるかどうかは、個人差があります。Yさんはうちの施設がオープンした10年前からケアハウスに入居しており、こちらもとても思い入れがあります。本人が10年に亘る施設生活を温かいものだと感じ、最期の場所にここへ戻ってくることを望んでくれたということはこの上なくありがたいことでした。

 

息子さんとの話を終え、私たちは急ピッチで入所の準備を進めました。そして数日後にYさんは特養へ入所されました。

 

入所の日、私はYさんと久しぶりに再会しました。通常入所にあたっては事前に本人と会う面接をするのですが、Yさんの場合はI相談員が入院中もお見舞いに訪れ状態を把握していたため、面接を省きました。そのため、こうなってから初めてお会いするのは入所日になったのです。

 

「お久しぶりです。」と声をかけると、Yさんは何も言わずにっこり微笑みました。とても痩せてしまい、手も足も私の知っているYさんより随分細くなってしまっています。しかし笑顔は変わらない昔のままのYさんでした。

 

入所して3日目のことです。「なんだか、こちらに来てから母の表情が良いんです。病院にいたときは認知症が進行してしまったように見えて、言葉数も少なくなってしまっていたんですけど。施設に戻ってきてから、声をかける度にきちんと言葉で返してくれるようになったんです。病院にいたときはあまり笑わなかったのに、笑顔も戻ってきました。」やや興奮気味にそう教えてくれたのは、息子さんの奥様でした。

 

「栄養は入っていないのに、顔色もいいみたい。」奥様はとても嬉しそうでした。そして実際に、介護職員からもそのような情報は入ってきていました。事前情報では言葉数が少なく認知症状が進行していると思われると聞いていたが、「おはようございます。」と声をかけると「おはようございます。」とちゃんと返してくれるし、その表情からもこちらの言っていることや気持ちをきちんと理解しているように受け取れる、というのです。

 

7.最期の時間

それから、Yさんはとても静かで穏やかな日々を送りました。その期間はたった6日間でした。点滴を抜き、栄養・水分共にゼロの状態で6日間生きました。喉が渇いたときには、大好きなオレンジジュースを数滴舐めるように飲みました。6日間の中でYさんが口にしたものはそれだけでした。

 

介護職員は、とにかくまめにYさんの部屋を訪れ、声をかけることを徹底していました。Yさんは誰かが来ると嬉しそうに笑ってくれました。息子さんも奥様も、毎日施設を訪れました。日中はYさんと共に過ごし、夕方には「また明日ね。」と帰っていきました。

 

特徴的であったのは、笑顔が増えたことでした。入院中の様子も見ていたケアハウス相談員もとても驚いていました。「以前はニコニコしていたYさんが入院して笑顔を失くしてしまったと思っていたけど、昔のYさんに戻ったみたいだ。」と喜んでいました。

 

最期の日、Yさんは静かに息を引き取りました。職員も家族も見ていないときに、そっとこの世を去りました。息子さんと奥様が揃って帰路についてから2時間後のことでした。優しく人の気持ちを考えるYさんらしい最期だと感じました。きっと、死に目に立ち会わせては悲しませてしまうと思ったのでしょう。そしてその表情は少し微笑むように、とてもとても穏やかでした。

 

後日、退所の手続きをしに訪れた息子さんの表情はやはり穏やかなものでした。「本当にありがとうございました。お蔭さまで母の望む最期の形を作ってやることができたと思います。あのまま入院中に死んでしまっていたら、今こんな気持ちではいられなかったでしょう。戻ってくることができて本当に良かった。皆さまのお蔭です。」と、とても温かいお言葉をいただきました。

 

Yさんの笑顔が今も私の心に残っています。その最期のお顔を見ただけで幸せな人生だったのだとわかるような、そんな素敵な表情でした。

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