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【小説風事例紹介】特養から自宅復帰を果たしたKさんとそのご主人

time 2017/06/15

【小説風事例紹介】特養から自宅復帰を果たしたKさんとそのご主人

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1.新しく入所してきたKさん

私は福祉とは全く無縁の4年制大学を卒業後、1年専門学校に通ってから国家試験を受け、社会福祉士を取得しました。そしてその後介護職員として特養に入職します。学生の頃より私は地域福祉に関心があり、将来的にはその道で働くことを志していました。しかし、高齢者分野にも強く関心を持っていたため、一生福祉の仕事をしていく上で若いうちに現場を知っておきたいという思いがあり、まずは施設への就職を選びました。介護職員、相談員を経て現在は転職し、社会福祉協議会に勤めています。この話は、私がまだ介護職員として働いていた頃の話です。

 

Kさんは私の担当するユニットに新しく入所してくることになった77歳の女性でした。事前情報では、とても穏やかで認知機能の衰えもほとんどなく言葉によるコミュニケーションに問題はないということでした。自宅内で転倒・大腿骨骨折の既往歴があり、現在は完治しているものの下肢筋力も低下しているため車椅子移動であるが、短時間であれば立位は可能という身体状況でした。

 

入所当日、私はKさんにご挨拶をしました。「こんにちは、Kさんよろしくお願いします。」するとKさんは暗い顔でこちらに目をやり、「はぁ、まぁ少しの間ですけど、よろしく。」と呟きました。

 

その返答に私は少しおかしいなと思いましたが、そのときはあまり気にしませんでした。まだ入所当日のため、緊張しているのかもしれないと思いました。

 

しかし数日経つと、どうやらKさんはここに入所したということを理解していないようだということがわかってきました。ショートステイを何度か利用したことがあるということでしたが、特養であるこの施設もショートステイだと思っているような言動がいくつもありました。つまり、いずれは帰るものと思っているのです。

 

認知機能の問題で、特養に入所したことが理解できない方は沢山いらっしゃいます。しかしKさんの場合、認知機能には問題がないのです。それは介護職員であれば日常的に話をしているだけでわかります。にもかかわらず、Kさんは特養に入所したという認識を持っていません。当然、いつまでも家に帰る兆しがないとKさんは日に日に不穏になっていきました。

 

2.日に日に不穏に

「ねぇ、私が帰る日はいつなの?予定があるでしょ、見せてよ。」Kさんはこう言って毎日のように職員に詰め寄るようになりました。あまり良いこととは言えませんが、認知症の方であればこのような質問はいくらでもごまかすことができてしまいます。翌日になればこちらの答えたことは忘れてしまう人も多いからです。しかしKさんは違います。記憶も持続するため、適当に答えるわけにはいきませんでした。

 

相談員を通じてご主人へKさんが特養をショートステイと思っているようだという話をしたところ、驚くべき答えが返ってきました。

 

「あいつには、特養へ入所するということは伝えてないんです。だから、いつものショートステイだと思っています。入ってしまえばどうにでもなるでしょう。先に入所するなんて伝えたらあいつは絶対に施設へは行かない。それがわかっていたから、言わなかったんです。ベッドに括りつけてもいいので、そこにいさせてください。もう家で見るのは限界なんです。」

 

衝撃的な答えでした。繰り返しになりますが、認知症のある方であればその手を使っても時間が経つにつれどうにか穏やかに過ごせるようになるかもしれません。ご主人の言うように、「入ってしまえばどうにでもなる」可能性もあります。しかし、Kさんは理解力がきちんと残っている人なのです。誰だって、事情も説明されずに施設への入所を勝手に決められてしまえば不穏になるのは当然でしょう。

 

Kさんは、これまでご主人と二人きりで長年暮らしてきたと言います。子供はおらず、頼れる身寄りはご主人だけです。しかし夫婦生活はあまりうまくいっていなかったのだと双方が同じように言っていました。ご主人は昔から浮気を繰り返し、外に別の女性がいることが当たり前だったようです。しかし、ご主人が言うにはそれはあくまで昔の話で、定年後はそのような事実は一度もないということでした。Kさんはご主人のそのような言葉を信じることができず、今も変わらず外に女性がいると思いこんでいるようでした。

 

3.本当は

Kさんはご主人に対して日常的に疑いの言葉や嫉妬心をぶつけ、ご主人はほとほと参っているという状況のなか、Kさんが車椅子生活になってしまいご主人が自宅でトイレなどの介助をするようになりました。Kさんは頭がしっかりしているだけに介助されることを嫌がり、下着を汚してしまうことが増えたそうです。

 

ご主人はKさんより2歳年上でした。大きな病気もなく元気でしたが、年も年なので自宅での介護を続けていくことは難しいと判断し、特養への入所を決意したと言います。

 

ここまでは自然な流れです。確かに79歳になるご主人が1人でKさんの介護を続けていくことは体力的にも精神的にも難しいことでしょう。自宅にヘルパーなどを入れて負担を軽減しながら自宅介護を続けるという道もありますが、Kさんとの関係に嫌気がさしていたご主人がいきなり特養への入所を望んだことも全く理解できないわけではありません。

 

しかし、やはり本人に何も話をせず強制的に入所させてしまうという手法には賛成できませんでした。Kさんの気持ちは全く尊重されていないのですから。

 

入所してから1ヶ月以上経ち、Kさんはいつものショートステイではないということを確信したようでした。その頃ようやく、ご主人が面会に来たときにKさんに本当のことを話しました。ここは特養であり、死ぬまで面倒を見てくれる施設であること。自分はちょくちょく面会に来るから、ここで暮らしてほしいと。

 

Kさんはその事実を受け入れることができませんでした。「あの人は私を騙して施設にぶち込んだ。私をこんなところへ入れて、今頃他の女のところへ行っているんだよ。昔からずっとそうなんだ。」と、ご主人が帰ったあともKさんは怒りが収まらないようでした。

 

しばらくご飯を食べる量も減り、施設の玄関前に佇むようになりました。出て行くわけでもなく、玄関前にぼんやりと座り、訪れる面会者の顔を見て過ごす日々が続きました。私はそんなKさんを見ていられず、時間を見つけては外へ散歩に誘ったり外出計画を立てたりしてどうにかKさんの心に寄り添えないものかと考える日々でした。

 

4.Kさんの願い

いつまで経っても、時間が解決してくれることはありませんでした。Kさんに了承を得ずに入所させたことでご主人との関係はさらに悪くなり、面会に来る度にケンカをしていました。そして、しばらくするとKさんは職員の目を盗んでは施設から出て行ってしまうようになりました。Kさんの自宅までは車で10分程の距離でしたが、77歳のお年寄りが車椅子を自分でこいで帰ることのできる距離ではありません。

 

その度に職員は追いかけていき、Kさんの話に耳を傾けました。「とにかく家に帰りたいんだよ。私がこんなところでこうしている今も、あの人は女の人といるのかもしれない。私が私の家に帰って何が悪いっていうの?どうしてこんなところで暮らさなければいけないの?」

 

辛い気持ちを聞いてあげれば収まるようなものではありませんでした。Kさんは自宅へ帰ることを切に願っており、特養への入所という事実を依然として受け入れられないままでした。そんな状態が1年も続きました。このような生活を続けても、Kさんがここで幸せに生きることはできません。

 

私はご主人と話し合いの場を持つことを提案しました。今後このまま特養で暮らしていくにせよ、それ以外の道を考えるにせよ、今のままでは前に進めません。福祉に携わる専門職として、家族の思いももちろん尊重すべきものですが、本人の人生は本人のものです。きちんとお互いの思いを伝えあって、Kさんとご主人にとってベストな方法を探していかなければなりません。

 

ご主人は気が乗らない様子ではありましたが、話し合いに応じてくれました。話し合いにはKさんとご主人、そして施設相談員と看護師、介護職員である私が同席しました。

 

まず、双方の思いを聞いてみました。当然Kさんは「家に帰りたい」の一点張り。また、ご主人は「家で2人だけの生活は難しい」という姿勢でした。私はKさんの施設での様子を伝えました。とにかく家に帰りたいという思いを持ちながらの生活がKさんにとって大きなストレスになっており、食事も満足にとれておらず、頻繁に施設から出て行ってしまうことで事故などに遭うリスクもあると話しました。

 

5.本人と家族、それぞれにとって一番良い答えとは

施設側からは、特養という施設の性質上最期までここで生活していただくこと自体にはなんの問題もないが、現在のKさんのような状態では特養での生活を続けていくことは難しいのではないかという話をしました。

 

これからどのようにしていくことが良いのか、時間をかけて話し合っていきましょうとお伝えしました。

 

ご主人は、「いや、私だって妻がこんなに帰りたいと言っているのだから帰してあげたいという気持ちはありますよ。でも、現実問題もう自宅で2人の生活は無理だと思いませんか?そうしたらもうここに入っていてもらうしかないでしょう。」とうんざりした顔で訴えてきました。

 

どうやらご主人の頭には、自宅で自分が介護をするか施設に入るかという2択しかないようだと感じました。そこで、今一度在宅サービスで利用できるものの話をしました。

 

ご主人にその気があるのであれば在宅介護サービスを最大限使いながら自宅で生活することも不可能ではないと思われることもお伝えしました。Kさんは車椅子には乗っているものの立てないわけではありません。トイレや入浴にはもちろん介助が必要ですが、ヘルパーやデイサービス、ショートステイなどを併用しながら在宅介護をしている方でもっと介護度の重い方は沢山います。

 

ご主人は返答に窮しておりましたが、「家内とももう少し話して、考えてみます。施設の皆さんにはご迷惑をおかけします。」と言ってその日は帰られました。

 

施設としては、この場所でKさんが幸せな余生を送ることができるのであればこのまま生活をしていただくことになんの問題もありません。しかし、ご本人も家族も幸せではない現状は、やはりどうにかしなければならないと思いました。Kさんにとってどうすることが最善の方法なのか答えは見つからないままでしたが、ご主人と一緒に考える土台に立てたことは良かったのかなという気がしました。

 

Kさんも「考えてみます。」と言ったご主人の言葉が嬉しかったのか、それからしばらくは外へ出て行ってしまうことがなくなりました。

 

6.少女のような笑顔

それからさらに半年が過ぎました。ご主人は一週間に1度は面会に来てKさんとの時間を大切にしているように見えました。ケンカをしている様子を見ることもしばしばありましたが、Kさんの状態もやっと少しずつ落ち着いてきたように思えた頃でした。

 

ある日、Kさんがこんなことを話してくれました。「あのね、今家に帰れるように準備をしてくれているんだって。」そう語るKさんは少女のように嬉しそうな笑顔でした。「えっ、それどういうことですか?」と問い直しましたが、「ふふふ。」と笑い、答えてくれませんでした。

 

ご主人と何か話が進んだのかな、と思いましたがそれ以上は聞きませんでした。

 

数日後、相談員を通じてご主人よりこのような話がありました。「実は今、家の改築工事をしているんです。私はどうにかこのままこちらでお世話になっていてほしいと思っていたのですが、家内は時間が経っても依然として家に帰りたいという思いが消えないようで。私も鬼じゃありませんからね、自宅でもう一度2人で暮らすためにはどうしたらいいのかということを以前お世話になっていたケアマネさんに相談したんですよ。以前は私、頑張りすぎていた気がするんです。ヘルパーさんなんて使ったことがないし、ショートステイは用事があるときだけ使ったこともあるけど、それ以外は自分がいるのだから自分でやらなければと思っていました。でも、私の身体にも無理がきて、結果的に強引に施設に入れるという方法になってしまいました。だから、もう一度2人で自宅での生活をするために、どんなサービスが使えるのかを検討しました。私もできる範囲で無理をしないことにしました。そうしたら、まだ在宅でも暮らせる身体状況だと思いますよってケアマネさんも言ってくれて。だから、今家の中をバリアフリーにして玄関前にもスロープと手すりを付ける工事をしているんです。」

 

7.大きな決断、そして念願の帰宅

ご主人の話は衝撃的な内容でした。特養は「終の棲家」と呼ばれるように、最期まで穏やかに過ごすことのできる場所です。退所されるケースというのは、ほとんどが「死亡」か「入院」です。さらに、どこの特養でも数百人単位の方々が入所を待っています。そのためせっかく入所できたのであれば余程のことがない限り退所など考えないのが一般的でした。

 

しかし、ご主人がKさんのことを本気で考え、向き合ってそのような決断をしたのは素晴らしいことだと思いました。Kさんの少女のような笑顔がいつまでも私の心に残りました。

 

Kさんの自宅の改築は2か月後には完了しているということでした。そこで、その日に合わせて退所の準備を進めることにしました。Kさんはとても嬉しそうで、それまでの期間は今までになく穏やかなものでした。

 

退所の日、Kさんは迎えに来たご主人と共に施設を後にしました。後に私はショートステイの相談員となり、利用者送迎をしている最中に偶然Kさんのご自宅を発見しました。少し珍しい苗字であったことと、門から玄関ドアまで長く伸びた真新しいスロープを見て、Kさんのお宅だということがすぐにわかりました。

 

今、Kさんはご主人とご自宅でどのような生活を送っているのでしょうか。ケンカもしているかもしれませんが、きっと施設にいた頃より幸せなのだろうと思いを馳せます。私が特養に勤務した5年間で、在宅復帰を果たした方はKさんただ1人でした。それも、身体状況が改善したわけではないのにご家族が環境を整え戻れるようにしたということが本当に素晴らしいことだと思いました。誰にでもできることではありません。

 

施設に入ったからそれで終わりではなく、その方が幸せな余生を過ごすためにどうしたら良いかという視点で考えれば施設入所者にもこのような道があるのだと改めて勉強させていただいたケースでした。

 

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