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【小説風事例紹介】失敗して学ぶ、格好良くなれた? 知的障害のあるUさんの自立に向けた就労支援

time 2020/06/02

【小説風事例紹介】失敗して学ぶ、格好良くなれた? 知的障害のあるUさんの自立に向けた就労支援  関連記事:社会福祉士を目指す方に読んでもらいたい事例をまとめました  

1.児童相談所から実習に来たUさん

私は当時、障がい者の多機能型支援所で就労継続B型就労支援員をしていました。その事業所には、就労継続A型・B型・生活介護・日中一時支援事業・グループホームがありました。

 

Uさんとの出会いは就労継続B型の実習希望がきっかけでした。Uさんのケースでの実習希望はとても珍しかったため、よく覚えています。

 

障害福祉の場合、総合支援学校のカリキュラムとして就労や入所における実習があります。自身にとってケアホームが好ましいのかグループホームが好ましいのか、就労継続A型が好ましいのか就労継続B型が好ましいのか、デイサービスにおいても安定的にデイサービスで過ごすことができるのかといった実習です。

 

これは高校2年生、3年生の時に総合支援学校のカリキュラムとして卒業後の進路を選ぶ方法として組み込まれています。ほとんどの学生がこの実習でおおよその進路希望を提出され、希望された施設も受け入れ可能か否かを提示します。

就労に関しては職場体験と就職面接が合わさったものとイメージするとわかりやすいかもしれません。施設入所に関しても適切なサービス提供を選択するために実施されています。

 

Uさんは私の在籍していた施設から60キロ離れた児童相談所からのケースでした。そして児童養護施設の延長措置として入所されている19歳の男性でした。

 

フェイスシートには、6歳で母親からネグレクトを受け児童相談所の保護された経歴や過去の実習や入所施設内での他害行為や万引きなどが事細かく記載されていました。私達は、実習そのものを引き受けることで現在利用中のご利用者様に危害があるのではないかと心配していました。

 

しかし、会わずに実習を受けないというのは社会的受け皿である福祉的観点からどうなのかとのいう結論となり、施設長と私とサービス管理責任者の3者で面談に臨みました。

 

しかし、Uさんはこれまでに入所における実習をグループホームでは行っていませんでした。そのため、児童相談所の担当者にも相談し、自立の求められるグループホームでの生活が困難そうであれば、事業所近くのケアホームを入所の実習先にしてみてはどうかと打診し、そちらで実習を行うことになりました。そして、就労については、就労継続B型の実習を行うことになりました。

 

私は当時、農耕作業を主とする就労支援の支援員を行っており、Uさんは体を動かす仕事がしたいという要望があったため、私の受け持つ班での作業となりました。そして、私はUさんが他者とのコミュニケーションが苦手な事から、実習中も就労が終わった後に10分間の面談の時間を設けました。Uさんは知的の障害があることから字を書くことが困難だったからです。そして、入所の実習先の門限に間に合うように時間を区切っての面談としていました。

 

最初は面談と言ってもUさんが話しにくい内容ではなく、Uさんの好きなAKB48の話であったり、好きな仕事や趣味などでした。それでも最初は沈黙を続けることが多かったのですが、徐々に話をしてくれるようになりました。返答の困難な内容に関しては、閉じた質問やYES/BUT法と言われる応酬話法を使用したり、返答に困ったときには質問を変えたりと様々な工夫をしました。

 

実習の終わりを迎え、事業所内で受け入れの是非を決定する会議が行われました。Uさんは、就労に関しては19歳という若さや、将来的には就労継続A型や一般就労を目指したいとのことから、本当に良く頑張っていました。

 

会議の中でも、彼は生活面に主の支援は必要だが、就労面ではA型でもがんばれるかもしれないという評価でした。私も同感で、過去のトラブルも他者コミュニケーションや行動抑止の際の出来事であること、19歳という若さもあるため、今後の成長次第ではA型や一般就労が可能だろう感じていました。

 

就労継続B型と入所に関してもケアホームでの受け入れが決定し、本利用をすることとなりました。

 

2.サービス利用と金銭管理

Uさんは就労継続B型のサービス利用を開始しました。最初の1カ月は私の班での作業を行うと共に、別の班での作業も提供しました。誰とでも仕事が行え、誰とでもコミュニケーションを行えるようにとの意図からです。

 

班が異なるといっても共通のご利用者様もいたことからUさんはすぐに順応され、スムーズに1か月を過ごしました。

 

そして1か月目の工賃の受け渡しの際に、工賃1万3千円を受け取られました。22日働いて1万3千円でした。少ないと感じる方も多くいると思いますが、就労継続B型の工賃は最低賃金が保証されておらず、1か月の事業売上をご利用者様で分配するという形なのです。彼の時給は118円でした。事業所によっては時給換算すると80円程度になってしまうこともあります。

 

しかし、1万3千円を手にした彼は「僕はこれで車を買います」と話してくれました。おそらく、この金銭感覚の無さが過去の万引きに至った原因の1つです。レジで精算しようとするが、お金は足りない。どうしたらいいのかわからなくなり、商品を持ち去り万引きとして捕まり、挙句の果てに店員に手を挙げてしまったという内容です。

 

しかし彼がこの1か月、汗を流して稼いだ工賃に対して頭ごなしに足りないという言葉を言うことは私にはできませんでした。私は「まずはしっかり貯めておかないといけない。買ったら終わりではなくて、ガソリンとか修理にお金がかかるよ。それにいろんな車があるから、どんな車が好きかをちゃんと決めてから買わないといけないね」と伝えました。

 

正直、入所施設に帰らずに車屋に行かないか、とても不安でした。私はUさんが事業所を出ると同時に、入所施設担当者のKさんに電話をかけました。私の心配をよそにUさんは普段15分程度かかる道のりを5分で帰施設したそうです。初めて自分で稼いだお金をKさんにも早く見せたかったようでした。

 

3.Uさんの就労意欲と優先順位

Uさんはどこの班に所属しても一生懸命働いていました。真夏の暑い中、草刈作業で汗だくになり、真冬の寒い中でも収穫した大根を水で洗う。私たち支援員でも愚痴を言いたくなる環境でしたが、一生懸命働いていました。

 

私はよく「がんばりすぎてないか?」と声をかけていました。すると彼から出た言葉は意外な物でした。Uさんは「Kさんと約束したんです。成人式にスーツを買って養護施設の園長先生にあいさつに行くんです」と言ったのです。「目標があるのはいい事ですね」と伝え、彼の目的意識において、今はワークライフバランスが取れているのだなと感じました。

 

私は感心すると共に少し悲しさを覚えました。がんばっている、立派にやっているという晴れ姿をお世話になった園長先生に見せたいと思う気持ちは素晴らしいと思いました。しかし、彼の中での育ての親はやはり養護施設の職員なのだなと改めて思いました。

 

彼は一生懸命頑張っていましたが、悲しいことに長くは続きませんでした。いい事なのか悪い事なのかはわかりませんが、Uさんに彼女ができました。同じ就労継続B型のご利用者様のNさんです。障害があっても結婚される方も多くいます。恋愛をしてはいけないなどの決まりはありません。むしろ、誰かに何かの気持ちを伝えることができたのは、素晴らしいことだと思います。

 

しかし、就労意欲はNさんに格好いいところを見せたいという気持ちに変換されます。そして、Nさんと同じ班で働きたいという欲求が生まれます。Uさんは今の班は嫌だという自我が生まれました。

 

Uさんの知的レベルは世間的な指数で示すと幼稚園年少程度でした。対するNさんの知的レベルは小学校高学年程度です。Nさんは調理班で仕事をしていました。調味料や材料の分量を自立して図ることができなければならない班でした。

 

班の異動は可能です。しかし、ここまでが上手く行き過ぎていたこともあり、Uさんの失敗体験がUさんに良くない影響を与えてしまうかもしれないというリスクを考えると、異動が正解なのか、私には判断ができませんでした。

 

私は施設長やサービス管理者とも協議しました。すると、施設長から「彼らの失敗するチャンスを奪ってはいけない」と話がありました。

 

私は当時、障害福祉に携わって1年目でした。内容がよくわからずに話しを聞くと、私たち支援者が『あれは危ないからダメ。ダメなものはダメ』と決めてしまったら失敗する権利すら奪ってしまう。失敗から学べるチャンスを私たちが奪ってしまうという内容でした。

 

当時、見ていたテレビで、子育てで一番言ってはいけない言葉が『ダメなものはダメ』という言葉だったのを私は覚えています。親から頭ごなしにダメと言われると、子供は委縮してしまい聞くことを恐れる。また、どうしてダメなんだろうと考えることをやめてしまうという内容でした。では、どうすればいいのか。できなかった時、失敗した時に「どうしてダメだったと思う?」と問い、本人に考えさせるのです。そうすることで考える力が身につくのです。

 

私は施設長の話と共に納得し、障がい者支援の奥深さを考えさせられました。

 

その後、Uさんは調理班で働くことになりました。しかし、結果は明白です。何もできず、見ていることしかできませんでした。そして施設長は私とUさん、Nさんを呼び、相談室で面談を行いました。

 

施設長はただ「働いてみてどうだった?」とUさんに聞きました。Uさんは言葉が出ませんでした。しかし、施設長は別の受け皿をちゃんと用意していました。

 

施設長はNさんを見て「NさんはUさんのどういう所が好きなの?」と問い、Nさんは「格好いいところ」と答えます。施設長は続けて「どういう所がかっこいいの?」と聞き、Nさんは「私にできないことをしてる」と答えました。

 

「男の子が一生懸命、汗かいてお仕事がんばって格好いいね。俺でもできんかもしれん。俺も農耕班行ったらUさんに負けるかもね。」と施設長は笑いました。

 

そんなはずはありません。施設長は現場に入り農耕班を立ち上げた人です。しかし、Uさんが失敗から学ぶ受け皿を作っていたのです。後から聞くと、施設長はUさんとNさんが恋人関係になった時に、Nさんと世間話をして情報を引き出していたそうです。

 

施設長は「二人が幸せになるのを応援したいからUさんが、がんばったお給料でデートに行ってほしいな」と締めくくりました。

 

Uさんは黙って聞いていたが叱られているのではなく、自分の農耕班での功績を認められている。Nさんがかっこいいと思う姿は農耕班にあると知り、また農耕班でがむしゃらに働きました。

 

私は施設長の言葉やUさんだけでなくNさんの気持ちを改めて考えさせられました。

 

4.成人式と2度の失踪

それから半年が経過し、Uさんは地元で成人式に出ることになりました。彼は7カ月かけて貯めた工賃でスーツと新しい自転車を購入しました。

 

Uさんは電車とバスを乗り継ぎ、成人式会場と養護施設へ向かいました。後日、話を聞きましたが、誇らしげに仕事や工賃で購入したスーツの話をしていたそうです。しかし、帰りの時間が近づくとUさんは「施設に戻りたくない。また、ここ(養護施設)で暮らしたい」と話されたそうです。

 

しかし、入所施設のKさんが一緒に養護施設に行っていたことから、入所施設に帰ることになりました。その夜、Uさんは入所施設の窓から抜け出し、買ったばかりの自転車に乗り施設を脱走しました。

 

翌日、私たちの施設への連絡があり、情報があれば共有してほしいとの内容を受けました。もちろん警察へ捜索願いを出すことになりました。Uさんは所持金を300円程度しか持っておらず、スーツを着て施設を抜け出したそうです。

 

3日間、私たちも就労作業の移動時間を使って周辺を探したり、就労に来られているご利用者様やNさんにも情報提供を求めました。情報はありませんでした。それもそのはずです。Uさんは60キロ離れた養護施設に自転車でたどり着き保護されました。

 

入所施設の方が迎えに行き、5時間の説得があり、彼は入所施設へ戻ったとのことでした。私はUさんの話を聞いてあげたいとは思いましたが、それはあくまでも生活支援で起こった内容であったことから、入所施設側に任せることしかできませんでした。彼はこの失敗からなにを学ぶのか、私はそれを考えながら次の利用を待ちました。

 

Uさんは次の利用日に遅れずやって来ました。そして、ばつが悪そうに私はもちろんのこと、施設長やNさん、関係する作業の職員に頭を下げていました。しかし、私には反省をしているようには映りませんでした。謝らされている感じしかしませんでした。

 

その翌日、彼は仕事に行ってくると施設に伝えて施設を出ましたが、私たちのところに来ることはありませんでした。

 

再び捜索が始まりましたが、今度はすぐに警察に逮捕されました。スーパーで食べ物を万引きし、駆け付けた警察官に暴行を振るったという内容でした。

 

入所施設では、彼をこのまま入所させるか、退所させるか検討会議を行うと連絡がありました。今回は仕事に行くと言って事業所に来なかったことから、その時サービス管理責任者になっていた私も同席することになりました。会議には入所施設の幹部も来ていました。

 

施設に行くと、最初に事の経緯と、万引きをしたスーパーでは初犯ということ、警察官への暴行についても責任能力が問えず裁判にはならないという内容でした。しかし、警察沙汰を起こしたUさんになんの罰則もなく元通り生活ができれば、Uさんは万引きをしても暴行を加えても無罪になると考え同じことを繰り返すだろう。何等かの罰則がなければならないというのが入所施設の決定でした。

 

私は自施設の施設長の失敗するチャンスを奪うという話を思い出しましたが、私の所属する会社ではないので決定に対して何も言うことはできません。そしてUさん抜きで話は進み、おおまかな方向性が決まった所でUさんを呼ぶこととなりました。

 

Uさんはまったく言葉を発することもなく部屋に入ってきました。私の顔を見ても表情ひとつ変えることはありませんでした。入所施設の方は「今回のことをどう思っていますか」と尋ねましたが、表情ひとつ変えずに黙ったままでした。私はこの表情のUさんを知っていました。一番最初に実習の面談に来た時の心を閉ざした時の顔と同じでした。

 

Uさんに何を聞いても話し掛けても言葉が出ることはありませんでした。会議は膠着状態のまま1時間が過ぎました。

 

退所することになれば、今後の就労サービスも利用できない。私はそれをわかった上で参加していることを心から苦しいと思いました。

 

ですが、意を決して私はUさんに問いかけました。「成人式は楽しかったですか?」と。Uさんはこちらを向き、黙って私を見据えました。「友達に自慢できましたか?」と続けると黙って頷きました。私は続けて「みんな格好良いって言ってくれましたか?」と聞くと再び頷きました。「では今、ここでこうやって囲まれているUさんをみんなに見せたいですか」と聞くと、Uさんは顔を背けました。そしてまた心を閉ざした表情になってしまいました。

 

私はあえてこの問いかけをしました。彼が最初に失踪して事業所に出勤してきた時、彼は心のこもっていない謝罪ができてしまったからです。だからこそ、今の言葉は彼の本心を映し出してくれると思いました。

 

質問の答えはしっかりとUさんの心を映し出してくれました。本当に彼が今回のことを何とも思っていなければ平気で頷くか首を振ることができたと思います。

 

しかし、彼を1年以上就労で見てきた私は彼が聞かれたくない、本当に答えたくないときは絶対に顔を見せないと気づいていました。

 

私は続けて「Uさんはうちでも人気者でみんなの中心にいました」、「私は今のUさんをみんなに見せたくないです」、「Nさんも今のUさんを見たくないかもしれません」、「今のUさんはうちで働いていた時みたいに自慢できるUさんですか?」と伝えました。

 

Uさんが受け止める時間を作れるよう、言葉を区切りながら伝えました。

 

Uさんの方は震えていました。「Uさんがまた私と働きたいなら、今ここで『頑張らせてください』とみんなに伝えてください。それができないのであれば、どこかを探してかっこいいUさんになって戻ってきてください。私は今日、かっこ悪いUさんを見に来たんじゃありません」そう伝えました。

 

入所施設の結論はすでに聞いていました。退所の方向性は決まっていました。しかし、私は彼がこのまま退所しては後退するだけと思い、格好よくなって戻っておいでと伝えたつもりでした。

 

5.Uさんへのサービス提供終了と再会

その後、Uさんは次の施設の実習を経てケアホームと就労継続B型のある多機能型サービス事業所に入所することになりました。私の事業所から約20キロ離れた場所でした。

 

それから3か月が経過して、私は会社行事のお祭り準備をしていました。お祭りのテント設営等は私たち農耕班が請け負っていました。するとそこへUさんが現れました。Uさんは誰にも声をかけることもなく私のところに来て一言「手伝わせてください」と話しました。「久しぶりだね。今日はどうしたの?」と声をかけると「ちゃんと仕事を始めて、お給料をもらいました。今日はそれを見せに来ました」とUさんは給与袋に入った5千円を見せてくれました。新しい施設で工賃を貰ったようです。

 

障害福祉サービスは圏域内で横の繋がりも強く、私の会社の職員が、Uさんが働いている事業所に行くこともあり様子を聞いていました。一生懸命に働いていたと聞いていました。また、そこの事業所の支援員と私は何度か食事をする仲であったことから、その日Uさんが行くであろうということと工賃の袋をそのまま持っていくことも聞いていました。

 

私は「格好よくなれた?」と聞くと、Uさんは黙って頷きました。

 

万が一、怪我があった場合に保険にも入っていませんので、仕事をさせるわけにはいきません。そこで私は「今日のUさんの仕事は、頑張ってるとみんなと楽しく話すこと。みんなと笑ってお祭りに参加できたら満点だね」と伝え、就労で一緒に働いていたご利用者様たちの方を指さしました。

 

少し黙ってUさんは「こないだも、僕の味方をしてくれてありがとうございました」と小さくつぶやきUさんは私に背中を向けました。彼が以前、就労に来ていた頃の笑顔で、一緒に働いていた仲間と楽しい時間を過ごせたようでした。

 

Uさんは帰り際に「また来てもいいですか」と私に聞いてきました。私は「格好良いままならね」と笑って送り出しました。

 

6.Uさんの尊厳と承認欲求

私は、Uさんのケースで本当に様々な勉強をさせてもらったと思います。私は彼を振り返る時に、彼ほど愛情に飢えていた人はいないと思い返します。母からの愛情を受けることができなかったからこそ、他者の優しさに触れていたい。自分が愛されたいとうまく表現できないからこそ真っ直ぐに思ったことを通したくなってしまう。そして誰かから認められたいからこそ背伸びをしてしまう。

 

認められるからこそ彼はそこに居場所を見いだせると感じました。Uさんと接する中で私はマズローの欲求段階を思い描くことがありましたが、彼の中で所属と愛の欲求と承認欲求を埋めることが自己実現の欲求に繋がっているのだろうといつも考えさせられました。そして、彼のその気持ちを理解してあげるからこそ彼に対して障がい福祉の理念であるnothing about us without usの理念の下に彼らの成長を見守れるのだと感じました。

 

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