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【小説風事例紹介】妻のネグレクトにより寝たきり状態であったHさん

time 2017/05/29

【小説風事例紹介】妻のネグレクトにより寝たきり状態であったHさん

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1.Hさんとの出会い

Hさんと出会ったのは私がショートステイの相談員として働いていた頃でした。ショートステイとは、普段自宅で生活されている方が様々な理由で一時的に宿泊するサービスのことです。家族の介護負担を軽減するためであったり、外出等により介護することができない場合などに利用されます。

 

Hさんに関してはショートステイ利用希望の75歳男性、と事前に担当ケアマネージャーMさんより話を聞いていました。妻と娘の三人暮らしですが、娘は働いているため日中は妻と二人きりの時間が長いようでした。歩けないわけではないが、一日のほとんどをベッド上で過ごしているという話でした。

 

ショートステイの利用希望があった場合は、まず面接をします。本人とご家族に直接お会いして、身体の状態や普段の介護状況、金銭状況など様々な面からお話を伺い、その上でショートステイの利用が可能かどうかを判断します。私がHさんと初めて出会ったのはこの面接のときでした。

 

笑顔で出迎えてくれた奥様に連れられご本人のお部屋に案内していただくと、Hさんはベッドの上で上体だけ起こしていました。その部屋でMさんと奥様と四人で話をしましたが、Hさんはほとんど言葉を発することがなく寡黙な方なのかなという印象を抱きました。質問にはほとんど奥様が答え、Hさんはぼんやりとそのやりとりを見ているだけでした。しかし話の内容を理解していないわけではなく、こちらからHさんに対して質問を投げかけたときにはきちんと答えてくれました。自分からあまり主張する性格ではないのかもしれないと考えました。

 

少し驚いたのは、普段の様子を奥様から聞いていたときでした。Hさんが面接の途中トイレに立ったので歩行状態を見ていました。ふらふらと壁を伝いながら進みかなり危なっかしい印象だったため、これまで家の中で転倒したことはありますか?という質問をしたときでした。

 

「したことあると思います。時々ドーンというすごい音がしますから。」と、奥様が答えたのです。

 

「そういうときはどうするんですか?ご自分で起き上がるのは難しいんじゃないですか?」と問うと、「いやぁ…何時間か経った後に食事を持って行ったりするとベッドの上に戻ってるから、どうにか自分で起きて戻るんじゃないですか?」と言うのです。

 

2.妻の無関心

妻は同じ家にいて、ドーンという大きな音を聞いて夫が転倒したようだというところまでわかっていながら、様子を見にも行かないということでした。いろいろな利用者さんやご家族にお会いしていますが、このような方は初めてだったため、正直言って驚きました。

 

食事はコンビニなどで妻が買ってきたものを夫の部屋のテーブルに置いておくといつの間にか食べているようだという話でした。三食ともそのように済ませており、また、Hさんは食が細いとのことでした。そういった話を裏付けるかのように、Hさんはガリガリに痩せていました。

 

寡黙なのではなく、もしかしたら意欲を失っているだけなのかもしれないと思い始めました。これまでに利用したことのある介護サービスは週2回の訪問入浴だけでした。その上、今回ショートステイを希望する理由は、妻と娘の二人でハワイ旅行をするためその期間夫を見ていてほしいというものでした。妻の接し方はとても介護をしていると言えるものではなく、このままでは栄養失調になってしまいます。褥瘡ができていないのが不思議な程の生活状況です。

 

大体、このような状態の夫を一人置いて海外旅行へ行ってしまうという点も夫への無関心さを表しているようでした。普段から甲斐甲斐しく介護をしていて家族のリフレッシュのためにというのであれば理解できますが、とてもそのような話ではありません。

 

ショートステイを利用するにあたって大きな問題となることもなかったため、私はすぐに利用に向けての準備をし始めました。また、利用希望は二か月後の日程でしたが、ご本人が初めて体験するショートステイという環境に慣れておくためにも、事前に一泊二日で「お試し利用」をしては?というご提案をしました。これは、本人に慣れてもらうという目的ももちろんありますが、この二か月間で状態が悪化してしまうことも十分考えられる状況であったため、本人のために提案したものでした。

 

Hさんの場合、プロの目が行き届くと言える定期的なサービスは訪問入浴だけです。しかし、入浴時の関わりだけではわからないことは沢山あります。それ以外の時間を家族だけに任せておくことは危険と判断し、今回の利用希望以外の期間も少しずつショートステイにあててもらえればと思ったのです。

 

3.初めてのショートステイ

そして、Hさんの初利用の日が来ました。初回のため一泊二日のみの利用です。時間通りにお迎えにあがり、施設に到着しました。Hさんのために用意した居室へ案内し、介護職員に任せて私はその場を離れました。

 

担当介護職員へは、Hさんのこれまでの生活状況や家族の様子などを事細かく伝えてあります。自宅では自分でトイレに行っているが、歩行状態はかなり不安定で転倒も何度かしている様子であることから、必ず付き添いをするよう指示を出しました。また、ショートステイではそれぞれの利用者に個室を用意していましたが、基本的に食事は食堂で他利用者と共に食べます。しかしHさんの普段の生活を考えると居室での食事を希望するかもしれないので、本人の意向に沿いながら無理のないように食事の声かけをと伝えました。

 

その日、Hさんが施設内で食べる初めての食事である昼食の時間に私も食堂を訪れました。すると、まだ配膳前でしたがすでに食堂にはHさんの姿がありました。介護職員に聞くと、声をかけたらすんなりいらしてくれたということでした。「本人の希望ではなく、奥さんの都合でベッド上の生活になっているだけなのかもしれない。」と思いました。あとで確認したところ、Hさんは食事もきちんと残さず召し上がったということでした。

 

また、トイレへの付き添いにも抵抗を示す様子はありませんでした。食事を終えたあともすぐに部屋へ戻ってしまうことはなく、他の利用者と共に食堂に座ってテレビを見て過ごしていました。

 

面接の際、家では全くテレビを見ないと言っていました。日中は寝ているだけです、と。しかしそもそも家でのHさんの部屋にはテレビがないのです。部屋にこもっていればテレビを見る機会はありません。本当に日中は寝ているのかどうかも、定かではありません。奥様もその様子を見ていないのですから。

 

「話しかけても返事があったりなかったり…。ずっと寝ているばかりだし、生きているのか死んでいるのかもわからないような感じなんですよ。人間らしくないというか…。」

 

面接中にHさんがトイレへ立ち席をはずしたときに、奥様はこんなことを言っていました。しかし、ショートステイを利用中は全くそんな様子はありませんでした。確かにHさんは自分から積極的に話しかけたり、大きな声を出して自己主張をすることはありません。しかし、話しかけても返事がないことはありませんでした。きちんと目を見て、しっかり質問に答えてくれます。日中も寝ているばかりではなく周りの利用者と同じ空間で過ごし、それを苦痛に感じている様子もありませんでした。

 

4.本来のHさん

Hさんのショートステイ二日目に、レクリエーションに誘いました。正直言って、お断りされてしまうかなとも思っていました。周りの人と一緒にゲームで盛り上がる姿は想像できなかったからです。しかし、その予想は見事に裏切られました。

 

風船ボールリレーというものを行いました。利用者の方に一列に並んでもらい、風船を両手で持って上にあげたまま後ろの人にリレーしていくゲームです。途中で落としてしまわないように声をかけながら運びます。Hさんをお誘いすると、少しはにかんだ表情で「できるかね。」と笑いながら参加の意思を示してくれました。

 

私はその反応に少し驚きましたがとても嬉しく、他利用者の輪に入ってゲームを楽しむHさんを見て、「家での表情とは全く違う。別人のようだ」と感じました。

 

その日はケアマネMさんも初めてのショートステイの様子を見にいらしていました。私と同様にとても驚いていました。「Hさんとは1年のお付き合いになりますけど、こんなに楽しそうな表情を見たのは初めてです。お誘いすれば、こういうことにも参加していただけるんですね。やりたくないわけではないのですね。」と感動していました。

 

Hさんのような方は、積極的にデイサービスやショートステイを利用していった方が良いと考えます。高齢になると、どうしても家に閉じこもりがちになってしまいます。若い頃のように身体がきかなくなったり、親しくしていた友人が逝去してしまったり、積極的に外へ出る理由がどんどんなくなってしまうからです。しかし、閉じこもる生活を続けていれば当然身体はどんどん動かなくなってしまいます。精神的に落ち込んでしまう方もいるでしょう。

 

Hさんは、一日のほとんどをベッドの上で過ごしており歩行状態も不安定で、何日も入浴をしないことで清潔が保たれていなかったために、要介護3という認定が下りていました。そのため、訪問入浴サービスを利用し始めたということでした。しかし、ショートステイでの様子を見て、これが本来のHさんの姿だと思いました。今認定を受け直せば、おそらく介護度は要介護1くらいまで回復するでしょう。入浴や歩行には安全のため付き添いが必要でしたが、身体介護というほどの介助は必要としませんでした。つまり、家族がもっと入浴を勧めたり積極的な声かけや生活動作の促しをしていれば、寝たきり状態の生活にはなっていなかった可能性があるのです。

 

5.初回利用を終えて

高齢になると、1か月や2か月歩かなければすぐに歩けなくなってしまいます。Hさんの歩行状態低下は間違いなく寝たきりの生活が原因と思われました。歩行状態を低下させるような大怪我や入院歴はありませんでした。それ以外の身体的な能力低下もほとんどありません。入浴時にも自分で身体を洗うことができます。

 

初めてのショートステイ利用を終え、Hさんは自宅へ戻りました。利用時の様子を奥様へも伝えると、驚いた様子でした。「楽しそうにしていたんですか…、家では寝てばかりなのに。そうですか。じゃあ旅行のときも一週間と少し長めだけど、心配はありませんね。」と仰っていました。

 

これをきっかけに、私はケアマネMさんへ今後のショートステイの定期利用を勧めました。MさんもHさんへの今後の支援に困っていたらしく、初めてのショートステイ利用がHさんにとって良い結果であったため、定期利用も前向きに家族と相談してみると言ってくれました。また、デイサービスの利用も並行して考えていきたいということでした。

 

ご家族としても、デイサービスやショートステイへの利用に抵抗を示すことはないでしょう。むしろ食事の用意をしなくても良いからその方が良いと考えるかもしれません。おそらく奥様は、Hさんに対して無関心である自覚も悪意もありません。このような場合は外部サービスを積極的に利用していくことで事態が好転することがあります。

 

そして、それから約一か月後に本利用の日が来ました。奥様と娘様が海外旅行へ行くという期間です。

 

その日にお会いしたHさんは前回お会いしたときとお変わりない様子でした。奥様やMさんに話を聞くと、会っていなかった一か月間は自宅で今までと変わらない生活を送っていたようです。Mさんよりショートステイの定期利用について奥様へ話をしたところ、海外旅行が終わってから二週間に一度程度利用していこうと思うと返答があったと伺いました。Hさんご本人も承諾しているということです。

 

6.社会的な関わり

海外旅行の期間は一週間。Hさんにとって自宅以外で一週間過ごすのは初めてということでした。しかしショートステイに到着したHさんに不安そうな様子はなく、「久しぶり」と私や他の職員に声をかけてくれました。

 

そして、前回利用時と変わらぬ様子で過ごされました。食事のときには必ず部屋から出てこられ、夜眠るとき以外はほとんど食堂やソファで他の方々と同じ時間を過ごしました。レクリエーションにも意欲的に参加してくれました。一週間の間にお友達を作り、その方と笑顔で話す姿も見ることができました。

 

「Hさんは社会的な関わりを欲している。」そう感じました。ずっと家にいたいから引きこもっているわけではないのです。そして、利用中にHさんからこんなことを聞きました。「なんかデイサービスっていうところに来週から行くみたいなんだ。」「あぁ、そうなんですね。どうですか、楽しみですか?」と聞くと、「そうだね…、どんなところかわからないけど。ショートステイみたいな感じならいいかもしれないね。」と言ってくれました。

 

おそらくデイサービスへ行っても楽しむことができるでしょう。最初の寡黙な印象とは打って変わってHさんは意外に社交的な方です。自分から友達を作りに行くタイプではありませんが、こちらが話しかければ心を開いてくれます。

 

そして、利用6日目に介護職員から少し驚く情報が入ってきました。「なんだかHさん、最初にお会いしたときよりも歩行状態が安定してきたような気がします。ムラもありますけど…。」と言うのです。

 

その職員の話によると、寝起きはやはりふらつくため危ないが日中食堂の椅子から立ち上がってトイレへ行くときは実にスムーズであり、付き添いは一応するが必要ないのではと思うほど安定しているということでした。

 

たった一週間で筋力や歩行状態にそのような顕著な変化が出るだろうか?と、疑問でしたが、事実は事実でした。介護主任や他の職員に確認しても答えは同じでした。自宅との生活とは180度違う生活をここで送っていることは確かです。デイサービスも併用するようになれば、本当に介護度が回復していくだろうと思いました。

 

7.生まれ変わったHさん

そして無事に本利用が終わり、Hさんは自宅へ帰っていかれました。奥様も「お蔭さまでハワイ楽しかったです。」と笑顔でした。私はHさんの利用中の様子と共に、歩行状態の変化を奥様とMさんにお伝えしました。

 

Mさんからは、驚きの声がありました。「すごいですね、日常的に歩くようにすればまだまだ歩行状態を落とす段階ではないということですね。」と喜んでおられました。そして、Hさんが言っていた通り翌週からデイサービスに週三回通い始めるということでした。

 

その後、Hさんはショートステイにも月に一回~二回のペースで来てくれました。初めて会った頃とは別人と思えるほど明るい表情となり、定期利用するようになって友達も増えました。デイサービスでもうまくいっているようです。そして、歩行状態も格段に良くなりました。寝起きはやはり少し不安定なこともあるため職員が付き添っていますが、日中であれば自身で杖をつくことで付き添う必要がないまでに回復したのです。

 

奥様からは食事をあまり食べないと聞いていましたが、ショートステイで食事を残したことはありませんでした。その影響か、デイサービスとショートステイを併用するようになってから徐々にHさんはふっくらしてきました。最初はガリガリだった身体も健康的になっていったのです。

 

家での過ごし方は依然として変わらないようでした。奥様や娘様との関係性も大きく影響していると思われるため、その点に関してはあまり介入しないようにしていました。しかし、それ以降自宅で転倒することはないという話でした。訪問入浴の方からも、笑顔が増えたという話を聞くことができました。

 

私はその後退職してしまいましたが、Hさんは今もショートステイに来ているそうです。部屋にこもりきりであったあの頃と今の生活ではHさんはどちらが幸せと感じているだろう、と考える度にショートステイで見せてくれた笑顔が思い浮かびます。

 

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