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【小説風事例紹介】ADL低下してしまっていたYさんの成功体験

time 2020/06/27

【小説風事例紹介】ADL低下してしまっていたYさんの成功体験

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1.有料老人ホームの優しいおばあちゃん

私が有料老人ホームで管理者兼相談員、デイサービスで生活相談員をしていた頃の話です。勤め先の施設は、同じ建物の中に有料老人ホームとデイサービス、訪問介護が併設されており15名のご利用者様が生活していました。

 

その中に、車いすで生活をしているYさんがいました。Yさんはもともと在宅にて一人暮らしをしていましたが、その頃からこのデイサービスに来所していました。しかし、パーキンソン病の進行と共に杖や歩行器での生活が困難になり、有料老人ホームへの入所することになりました。認知症もありましたが、まだ軽度なもので、私の名前を言える事もあれば言えない事もあるといった程度のものでした。しかし、元より優しい性格のYさんは介助のたびに「兄ちゃんいつもありがとね」と優しい笑顔を見せてくれました。

 

そんなYさんの優しい性格もあり、デイサービスの利用時には、在宅から来られるご利用者様との人間関係も良く、様々な人とコミュニケーションを取りながら意欲的に過ごしていました。

 

しかし時折「今、家はどうなってるかな。庭の草抜きもできてないだろうね」と少し寂しそうに話をしていました。

 

そのため、市外に住む長男夫婦との話し合いを行い、御家族が来所の際には自宅や庭の写真を撮ってきてくれるようになり、息子様がご主人との思い出の庭の手入れをしている写真などを見ては喜び笑顔を見せていました。

 

Yさんは軽度のパーキンソン病と両ひざの変形性膝関節症があり車いすでの生活でしたが、ベッドのサイドレールやトイレの介助バーなどを使用して一部介助で生活ができていました。また、パーキンソン病のため小刻み歩行でしたが、自立で座り替えを行う事も出来ていました。

 

激しい運動は変形性膝関節症の痛みが発症してしまうため、立位歩行は行われませんでした。しかし、パーキンソン病の進行防止と下肢筋力の低下防止のために、デイサービス利用中に個別機能訓練として、車いすの手漕ぎ自走と足漕ぎ自走ができるように、ボール体操やゴムチューブを利用した下肢筋力の運動などを行っていました。その際にも「これだけ頑張っても畑には行かれん」と笑いながら話す姿がありました。

 

2.体調不良と食事量・ADL低下

ある2月にYさんがインフルエンザにかかり、ベッド上での生活を余儀なくされました。インフルエンザ蔓延予防のため、衣食住を居室での対応としていましたが、熱発からのせん妄が見られ、ベッドから降りようとされる事や何もない空間に話しかけられる事が何度もありました。ポータブルトイレでの介助を試みましたが、何度も膝折れをされていた事からオムツでの対応となりました。

 

また、喉の痛みから食事量も低下しており、食事も常食からお粥と小刻み対応へと変更しました。インフルエンザが完治した時には立位も取りづらくなっており、便意・尿意もなく以前のYさんとは別人のように感じるほどでした。

 

10日程でインフルエンザ症状は解消されましたが、それまでは行われていた車いすの足漕ぎ自走はもちろん、スムーズに行われていた移乗も困難になってしましました。また、追い打ちをかけるように、食事量の低下からか歯茎が痩せたことで義歯が口腔内を傷つけ、口内炎を発症しました。

 

食事をされる際には、口腔内の痛みから前屈姿勢での食事となり、エプロンがなければ食べこぼしてしまったり、水分をこぼしてしまうといった内容がありました。

 

Yさんはもとより高血圧症もあり、痛みや炎症に対して顕著に数字になって現れる方でした。その頃のYさんの血圧は収縮期血圧が200を超え、拡張期血圧も100を超えることもありました。

 

それに伴い、身体の倦怠感を訴えられるようになり、体調の良い時でもレクリエーションや体操・日常生活動作においても意欲の低下が見受けられました。他者とのコミュニケーションを促しても、変わってしまった自分を見られるのが悲しいとデイサービスにも行きたくないと口にするようになってしまいました。

 

3.再アセスメントと個別プラン

私はこのままの状態では悪循環に陥ってしまうと考え、ケアマネジャーへの報告を行い、Yさんへのヒアリングを行う事にしました。Yさんと話しをすると『誰もつけていないのにエプロンをつけるのは恥ずかしい』『車いすを漕いでいたのを息子が喜んでくれていた』『痛みがなく生活が出来たら嬉しい』との発言がありました。

 

私はデイサービス管理者のHさん、機能訓練指導員のKさんとも話し合い、Yさんが元の生活に戻ることができないかを協議しました。そして機能訓練指導員を中心にYさんに必要なリハビリテーションを検討し、ケアマネジャーへ打診しました。ケアマネジャーも協力的で、ケアプランの変更を行ってくれたこともあり、デイサービスの通所介護計画も変更しYさんのための半年計画を立てました。

 

私がYさんにプランの説明を行うと「また前みたいにできるかね。この歳になっても恥ずかしいのは嫌だね。また前みたいになれるなら頑張りたい」と話してくれました。

 

それと同時に「私はもうだめだろう」という後ろ向きな言葉もありました。私はYさんに「僕はYさんが嬉しいと思えることを応援したいですよ。でも、Yさんがしんどいからやりたくないと言われたら、Yさんがしんどくない内容で応援します」と伝えました。Yさんは少し悩んだ後に「このままだと楽しくないね」と少し寂しそうに話されました。

 

私はYさんに「これは強制されるものでもないし、いろんな方法を考える事ができます。リハビリを行っている途中でYさんが『これはしたくない』『痛い』『嫌だ』と思ったらすぐ言ってもらっていいですよ。それを考えるのが僕らの仕事です」と伝えました。

 

Yさんは少し安心されたのか笑顔を見せて「やってみようかね」と言いました。

 

Yさんの新しいプランとして【エプロンをつけずに食事を行う】に対してはYさんが食事を摂取しやすい自助具を検討し、中核症状であった口内炎に対しても御家族の協力のもと、定期的に受診することになりました。そして【車いすを自走できる】に対しては、機能訓練指導員が新たなプランを作成してくれました。そして長期的な目標として【痛みがなく生活する】といった内容になりました。

 

また、デイサービス内でも、今回、再アセスメントを行う中でYさんのできていることに着目してみました。また、周辺症状だけにとらわれず中核症状が何なのかを考え、ご本人様の『できる』を増やし、メリハリのある生活をおこなっていただきたいと思い、カンファレンスを行いました。また、実施中に各介護職の観察結果の集約を行い、随時の協議と改善を行う事にしました。

 

4.リハビリテーションの実施とYさんの変化

私たちはYさんがリハビリテーションを行う前にもう1つ行う事がありました。YさんのADLは以前と大きく変わっていましたので、どこが出来にくくなっており、どこに難点を感じているのか。それを改善するために何が必要なのかを洗い出しました。介護職が個々に観察し、観察した内容を集約・全体での情報の共有を行う事でYさんに必要なメニューを考えました。

 

私たちがこのリハビリテーション前段階を考えるだけで様々な改善点が挙がりました。環境整備を行うだけでも、車いすの足漕ぎ自走を行われる際に足が床に足がひっかかってしまう事から、クッションの調整としてシーティングを行う事となりました。

 

また、姿勢の崩れから前屈姿勢になられる事もありましたが、車いす自走中のシーティングとは別に90度90度の姿勢を保持できるよう座位保持環境を整えるシーティング用クッションを作成し、随時の交換を行いました。

 

次に車いすから移乗を行う際の痛みに関しては、痛みなく移乗されている時と痛みのある時の動作の比較を行い、痛みのない時の移乗方法が常に出来るようトイレの介助バーにビニールテープで印をつけ、Yさんが持つ場所を常に把握できるように環境整備を行いました。また、介助者によって声掛けが異ならないように声掛け手順書を作成し、統一の声掛けが行われるようカンファレンスにて説明を行い、周知徹底を行いました。また、介護職が常に手順を確認できるように、手順書はYさんの車いすに設置し、誰もがいつでも確認できる環境を準備しました。

 

また、食事に関しては「他の人と同じものが食べたい」との意向から、うどんなどの汁物がメインとなるメニューではどうしてもエプロンを使用しなければならないこともありました。その際もエプロンを強制するのではなく「今日は○○ですがコレはどうされますか」と意向の確認を行うようにしました。また、エプロンという前掛けを連想させる言葉ではなく、コレという名称で呼ぶことも、ばからしくも映るかもしれませんが、私たちなりの尊厳保持でした。

 

また、仕方なくエプロンを使用する時でも色々な発見がありました。食べこぼしとエプロンの花柄の見分けがつかない事がありましたが、ストライプ柄のエプロンであれば認識できており、上手に使用していた事から、使用していただくエプロンを限定しました。

 

プランの開始から1カ月程で、痛みの軽減や立位・移乗がスムーズに行えるようになったことで、ご本人様の笑顔も自然と見られるようになり、少しずつではありますが、意欲の向上も見受けられました。

 

この時、私は再度アセスメントを行いました。現状に対してご本人様がどのように感じているか、職員本位のリハビリテーションになっていないかなどの確認を行うためです。

 

するとYさんより「来月の私の誕生日までに車いすがこげる様になるかね…息子を安心させたい。病院に行くたびに心配そうな顔をされる」と話されました。私は正直、間に合わないと感じました。

 

確かに、Yさんや周囲の職員のがんばりでADLは改善してきていますが、以前のように見守りのみで車いす自走を行えている割合は3割程度にしか至っていなかったからです。

 

このことから、私は今のYさんの努力が失敗体験になり、再び失意となってしまうのではないかと危惧しました。

 

5.Yさんの誕生日

Yさんはそれからも個別機能訓練や日常の移動もなるべく自立で行えるように努力しました。

 

そして、Yさんの誕生日を迎えました。Yさんの息子様は毎年Yさんの誕生日にプレゼントを持って来所されます。Yさんはその日は朝から食堂で過ごし、御家族の来所を待っていました。そして10時過ぎに御家族が来所されました。

 

Yさんは一生懸命車いすを自走されました。腕と足漕ぎの両方で少しずつ少しずつ玄関に向かい、廊下で息子様夫婦の姿を見つけると「兄ちゃん。自分でやらせてね」と私に言いました。

 

息子様夫婦がYさんに気付き歩み寄ろうとしましたが、Yさんは「そこまで行くよ」と伝え、約15メートル程度の距離を5分かけて息子様夫婦の近くまで車いす自走しました。

 

私はもっとうまく進めていたことがあるのにと悔しく思いましたが、Yさんの努力の成果と思い見守りました。

 

Yさんは息子様夫婦のもとにたどり着くと「いつもはもっと早いけど、ここまでできるようになったよ。もう迷惑かけんですむよ」と話されました。息子様も「今日はあんたがお祝いされる日なのにプレゼントもらったね」と母の努力を讃えていました。奥様はYさんが一所懸命に車椅子を漕いでいる姿を見るだけで涙ぐんでいました。

 

私の再アセスメント時の不安は無用だったようです。Yさんは完全に前のように戻った姿を見せたいと思っていたのではなく、息子様夫婦に自分の前向きになった姿勢を見せたかった様です。

 

それから1時間程度、居室で話をされ、息子様夫婦が帰る時にもYさんは一生懸命に車いす自走でお見送りに向かいました。玄関先では、息子様は私に向かって「あれだけ前向きになってくれたならまだまだ長生きできますかね」と笑って話されました。私は「まだまだ今は経過段階なので以前のようにもっと上手く車いすの移動もされると思います」と伝えると息子様夫婦は嬉しそうに頷き帰宅しました。

 

6.Yさんの喜びと私たちの携わり

Yさんはその後もどのようなことに対しても前向きに行うようになりました。努力の結果が伴い嬉しかったこと、息子様夫婦がとても喜んでくださったことはYさんの意欲の向上にとても大きな影響になったようでした。Yさんは誕生日の面会から3か月後にはインフルエンザになる前の生活を取り戻しました。

 

私たちは新たなプラン策定のためにもYさんのモニタリングとアセスメントを行いました。その中で「兄ちゃんらのおかげだね」と嬉しそうに話してくださった事を本当にうれしく思いました。

 

私は、元々介護の仕事を長くやっており、Yさんの件に関わるまでは、ただルーチン業務として介助を行っていた面もありました。日々の業務に追われ、ご利用者様が発信してくれていたニーズに気づかずに終わってしまう事も多くあったように感じます。1つ1つの言動の中に、ご利用者様の想いがあり、隠されたニーズがあると感じました。

 

今回のケースはYさんの疾病から生まれたADL低下であったため、比較的簡単に発見でき対応できました。そしてYさんも戻りたいという意欲をしっかりと明確な目標として持っていました。

 

しかし、私たちが惰性で業務を行っており、見落としている声があることについても改めて考える機会となりました。

 

今回の取り組みでは全てにおいてまだまだ経過の段階です。インフルエンザ前に戻ったことも、私たち職員にとってはやっとゼロに戻った状態です。インフルエンザ発症前に行おうとしていたプランにたどり着いたのであって、最終目標までの到達には至ってはいません。しかし、Yさんが今回のリハビリテーションを行う中で、小さな成功体験を積み重ねたことで、意欲的になる気持ちを持つことができました。

 

これはとても大きな事でした。インフルエンザ発症前は乗り気ではなかったことにも積極的に取り組まれるようになり、それが新たな成功体験へと繋がっていたからです。

 

Yさんが笑顔を取り戻せたように、Yさんのご家族から労いの言葉をいただけたように、ご利用者様や御家族だけでなく、職員にとっても成功体験を積み重ねていけるようにしていきたいと思っています。

 

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