それから同様の外出を何度か行い、少しずつ時間を延ばしていきました。半日ほど滞在したときは、自宅でトイレにも行ったそうです。娘さんが手を貸したようですが、慣れていない娘さんではとても大変だったと話してくれました。Tさん自身も介護士の手がないと以前のようには出来ないということを痛感したようでした。
そしてその後、娘さんから「難しいと思うけど、おうちで一泊してみる?私も一緒に泊まるから」という話を持ち掛けたところ、Tさんはとても迷っていましたが数日間考えた挙句、ある日娘さんにこう言いました。「やっぱり、うちでSと二人で暮らすのはもう無理だと思うんだ。一泊することさえ、お前の言うように難しいと思う。前みたいに自分のことを自分で出来るわけではないし、自宅に戻ってもお前がいつも側にいてくれるわけでもない。トイレを手伝ってくれなんてSに頼むこともできないし、ショートステイで介護士さんにお願いする方が気持ちが楽だ。」
Tさんの気持ちが入所の方向へ向いた瞬間でした。以前のようにはできない自分を自覚することは、辛く情けないことでしょう。このようなやり方が良かったのかどうかはわかりません。しかし、自分の意思がしっかりしているTさん自身が、今後の生活をどうしていくのかをきちんと考えることが出来なければ前に進むことは出来ませんでした。人は、老いを受け入れて生きていかなければなりません。老いていく自分を受け入れて生きている人は輝いています。気持ちが前向きで、周りの人にも幸せを与えています。老いることは悲観すべきことではないのだと、私はこれまで出会った何人もの利用者さんに教えていただきました。だからこそ、Tさんにもきちんと自分の状態と向き合い、今後の夫婦の生活をどうしていくかを自分で考えてほしかったのです。
Tさんは、入所先を探してほしいとケアマネージャーに言いました。以前断ってしまった施設にもう一度当たってみましたが、既に別の人が入所してしまったということでした。