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【小説風事例紹介】最期の場所をどうするか?決断できない家族

time 2018/05/07

【小説風事例紹介】最期の場所をどうするか?決断できない家族

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  1.Mさん

これは、私が特養でまだ介護職員として働いていた頃の出来事です。今回お話しするMさんは、私が担当するユニットで最も介護度の重い88歳女性の方でした。甘いものが大好きで、主食はいつも「パン粥」という食パンを牛乳に浸して作るものを食べていました。Mさんは要介護4でしたが、声をかけるといつもニコッと笑顔になり、介護士の手を握ると落ち着いてうとうと眠ってしまうという可愛らしい方でした。そのため職員はもちろんのこと、他利用者からもなんとなく愛される存在でした。認知症はかなり進行していましたが、大きな声を出したり気持ちが不安定になることはほとんどなく、いつも穏やかに過ごしていました。

 

Mさんのご家族は娘さんがキーパーソンとなっており、その他に息子さんがお一人いらっしゃいました。娘さんは週に1回程度、息子さんも月に1度は面会にいらしていました。特に娘さんと仲が良い印象で、会話もままならないMさんの車椅子を娘さんが押しながら施設内の中庭を散歩し、互いに笑い合っている姿を何度も見かけました。

 

入所してから2年ほどの間は、Mさんは大きく状態を落とすこともなくお元気に過ごしていらっしゃいました。持病としては心臓病がありましたが、特に悪化したり発作が起きることはなく、定期的な受診以外には病院にかかることもほとんどありませんでした。

 

しかし、少しずつ少しずつ食事がとれなくなっていきました。大好きだったパン粥も進みが悪くなりました。なんとなくいつも眠そうで、昼間でも目を閉じていることが多くなったのです。声をかけると目を開けますが、またすぐにぼんやりとした表情になり、目を閉じてしまいます。

 

私たち介護職は看護師や栄養士などと相談し、食事にいろいろな工夫をしてどうにか食べてもらえないかと試行錯誤しました。

 

Mさんは滑らかな触感のものだと比較的食べてくれるので、プリンはどうか。茶碗蒸しはどうか。高栄養価のゼリーを試してみてはどうか。特に進みが悪い副菜は、ミキサー形状ではなくソフト食形状の方が良いのではないか。とにかく、いろいろなことを試しました。

 

これには娘さんも協力してくださり、昔から好きだというゼリーやジュースなどを面会の度に持ってきてはMさんに勧めていました。その結果少し食事量が増えた時期もありました。しかしそれは一時的なことで、やはりMさんの状態は徐々に落ちていったのです。

 

2.夜間の急変

それまでは二人介助でトイレにて排泄していたMさんでしたが、食事がとれなくなると元々力の入らない足が一層立たなくなり、また排泄量も減ったことからトイレに座っても排泄できないことが増えました。催すタイミングも介護者からは全くわからず、またトイレに座る姿勢も保てず本人への負担も大きいだろうという理由から、オムツを付けることになりました。

 

また、車椅子に座っている姿勢も段々と保持できなくなり、普通の車椅子からリクライニング車椅子へと変わりました。入浴方法も、リフト浴から寝たまま入ることのできる特浴になりました。この頃ちょうど要介護認定の更新時期にあたり、新しく出た介護度は大方の予想通り要介護5というものでした。

 

それでも、時折見せる笑顔は変わりませんでした。人は段々と老いていくものです。食事がとれなくなるのも自然の流れとして、今のMさんとの毎日を大切にしようと思いました。

 

そんなある日、私は夜勤に入っていました。巡回のときにMさんの部屋を訪れると、なんだかいつもより顔色が悪いように見えます。電気が部屋の隅の小さな常夜灯しか点いていないためにそう見えるのかと思い、部屋の明かりを点けてみましたが、やはり顔が青白く手足の指先が紫色になっていました。触ると、指先はとても冷たくなっています。

 

「Mさん、Mさん。」と肩を叩き声をかけました。「え?」と、Mさんはゆっくり目を開けました。意識はあるようです。しかし、その後すぐに目を閉じ、何度も声をかけましたが反応は薄くなっていきました。明らかに眠くて反応しないというのとは違います。

 

私は応援の介護職員を呼び、バイタル測定をしました。SpO2(いわゆるサチュレーション)と呼ばれる、体内の酸素濃度を測定する機器があります。これは健康な人であれば97~100%を維持するもので、一般的に90%以下になると注意が必要な状態と言えます。Mさんはいつもより血圧が低く、SpO2が77~83%ほどで安定しませんでした。

 

私の勤めていた施設では夜間帯看護師がおらず、介護職員のみになります。しかし、看護師は当番制を敷いており、このような事態には当番看護師に電話連絡をすることになっていたため、私はすぐに電話をしました。

 

「Mさんが顔面蒼白、手足指先がチアノーゼ様になっており、血圧低くSpO2が77~83%で安定しません。呼吸状態はいつもよりやや促迫しているように見受けられます。意識はありますが、いつもより反応薄く混濁しているかもしれません。」

 

3.どちらが良いか?

看護師からは、すぐにご家族へ連絡をとり、ご希望されるのであれば救急搬送をするようにと指示が出ました。私はすぐにいつも面会にいらしている長女様へお電話をしました。少し長いコールの後、緊張した様子で長女様が電話に出ました。真夜中の電話ということで、何事かと身構えていたのかもしれません。

 

私が状況を伝えると、長女様はすぐにこう言いました。「救急搬送してください。」

 

その後、救急車が到着し、Mさんは近くの総合病院へ運び込まれました。長女様はすでに病院に着いており、救急車のドアが開くと心配そうに車内を覗き込みました。Mさんの意識レベルはそのとき大分下がっており、声をかけても返答がありませんでした。

 

すぐに検査が行われ、医師から病状の説明のためにご家族が呼ばれました。長女様が、「一緒に聞いてください。」と私に言ってくださったので、私も部屋に入りました。

 

「率直に申し上げますが、どこが悪いとか何が原因というものではなく、全身状態が非常に悪いです。高齢のため、心機能をはじめ、その他全身の臓器が正常に働かなくなってきていると言えます。これはもう、治療をするという段階ではないです。ご希望であればこのまま入院していただくこともできますが、はっきり言って入院されてもできることは限られています。現在、体内の酸素が上手く回っていない状態ですので、酸素吸入をしています。施設職員の方の話では最近食事があまりとれていなかったということで、やや脱水気味でもありましたので、点滴もしています。しかし今後できることもこのくらいです。このような処置は病院でなくても、施設でもできるのではないですか?逆に言えば、今夜このまま施設に帰っていただくことも可能だと思います。」

 

「入院することも施設に戻ることもできると…?どちらが良いのでしょうか?」長女様は困惑されたように医師に聞き返しました。

 

「医師として、治療できることはないのです。病院が良いのか施設が良いのか、これはMさんの最期の場所をどうするかというご決断だと思ってください。ですから、どちらが良いのかという問いにはご家族様しか答えられないと思います。」医師は優しく、しかしきっぱりとそう言いました。

 

「最期の場所…」

 

医師の話がショッキングだったためか、長女様はぽつりとそう呟いた後、黙り込んでしまいました。そして、少しの沈黙の後、隣に座る私に向き直り、こう聞いてきました。

 

「どっちが良いと思いますか?母にとって…。」

 

4.最期の場所

これには、少々面喰いました。そのようなことを施設職員が答えられるはずもありません。しかし、Mさんにとって重大なことだとわかっているからこそ、決断できないのでしょう。ご家族にしか決められないということは、長女様も当然ご理解されているものと思われました。

 

どう答えるべきか迷いましたが、私は長女様が決断できるための材料を提供するべきだと判断しました。

 

「今、こちらの先生が入院した場合にできる処置についてお話ししてくださいましたので、私からは施設に帰った場合のことをお伝えします。施設でも酸素吸入は可能ですが、最大5リットル程度の微量の酸素です。病院でしたら数10リットルの酸素投与が可能だと思いますので、その点は施設と違うと思います。また、点滴も行うことはできますが、栄養分の点滴は施設ではできません。水分のみです。そして夜間は医療職がいないため、針を留置することもできません。毎日針を抜き差ししなければならないことになります。これはつまり、苦痛を伴うということです。」

 

長女様は目を見開いたまま、私の話をじっと聞いていました。

 

「今、まだ3時過ぎです。今夜このまま施設に帰ることは施設としてももちろん可能ですが、その場合朝まで点滴は行えません。介護士は針を刺すことができませんので。酸素吸入はできますが、もしまた数値が下がってしまった場合に再度救急車を呼ばざるを得なくなります。」

 

“もちろん、その場合でも救急車を呼ばなくて良いと家族が決断するのであれば呼ばないこともできるが…”私の心の中ではそのような言葉が続いていましたが、口に出すのをやめました。今、最期の場所という話をされただけで途方に暮れている長女様にそのような決断ができるとは到底思えなかったからです。その決断は、つまり真っすぐ死に向かうことを意味するものだからです。

 

私の話を聞き、長女様はやはり押し黙ったままでした。

 

「あの、今先生は最期の場所をどうするか、ということを仰いましたけれど、別に今ここで決めたことが全てではないと思います。例えば今入院することを選んだとしても、その後やっぱり施設に戻りたいと思ってくださったらそれは可能です。その逆ももちろんできると思いますし…今のMさんにとってどうすることが一番良いのか、そのように考えてみてはいかがでしょうか?」

 

5.施設の職員にできること

私は、少し出しゃばった言い方をしてしまったかなと思いました。しかし長女様にとって迫られている決断は重たく、到底決めきれないように見えたのでこのように話しました。

 

ふぅーっと長い息を吐き、長女様は医師にこう言いました。「今後のことはこれから兄とも相談して決めます。今夜は酸素の数値も悪く脱水もあるということなので、このまま入院させてください。」

 

私もそれが一番良いように思えました。長女様がそのように仰ったため、私は一人で施設へ戻りました。タクシーを拾い施設へ向かう道中、あのような話し方で良かっただろうか、長女様はきちんと家族としてMさんにとって何が一番良いか考えることができただろうか…と、一人考えていました。

 

施設で利用者に対して行ったことは、介護記録としてパソコン上に保存されます。私はその夜の救急搬送に至る経過や、病院に行ってからのこと、医師の話した内容、そして私が長女様へ話した内容なども細かく記録を残しました。

 

朝になり、私は勤務を終えて退勤する前に介護主任と相談員へMさんの救急搬送について報告に行きました。そして、長女様から入院するのと施設に戻るのはどちらがいいかと聞かれたことや、それに対して私が話したことを伝えました。

 

「あのとき、私の口からはああ言うしかできないと思ったのでそのように話したのですが、あれで良かったのか自信が持てないんです。」

 

私がそう言うと、相談員がこのように言ってくれました。

「いや、全然問題ないと思う。というか、施設職員の立場からすれば本当にそれ以上言えることはないんじゃないかな。お医者さんも言ったように、決めることができるのはご本人とご家族であって、あくまで僕たちはそのお手伝いをすることしかできないんだよ。だから、施設で可能な対応を話した上で、かつ今決めたことが全てではないですよと伝えることができたのはとても良かったんじゃないかな。僕でもそのように話をすると思うよ。」

 

この相談員の言葉は当時の私にとって非常に嬉しく、自信になるものでした。そして、私はいつMさんが施設に戻ってきても良いように準備をしておこうと思いました。

 

その後、Mさんは約半月入院しました。そして、とりあえず脱水状態も回復し酸素の数値も落ち着いたということで酸素吸入もはずした状態で施設に帰ってくることになりました。

 

6.Mさんの最期

退院の日、Mさんは長女様と一緒に施設へ到着しました。そして、そのまま長女様と相談員と介護職員、看護職員とでカンファレンスをしました。

 

「あのときは本当にありがとうございました。突然のことでびっくりしてしまって、私どうしたらいいのかわからなくて…。でも、職員の方が一緒に話を聞いてくださったので、本当にありがたかったです。」と、長女様は最初に深々と頭を下げられました。

 

そして続けてこう言いました。「あのあと、家族で話し合いました。病院の先生から言われたことや母の今の身体の状態のこと、今後どうしていくかということ…。家族としては、苦しむことなくゆっくり穏やかに最期まで過ごしてほしいという気持ちだけでした。だから、施設に帰らせていただくことにしたんです。また先日のようになってしまった場合に、救急搬送はもう望みません。苦痛だけを取り除いて、こちらで最期まで看取っていただきたいと考えております。」

 

あの夜の長女様ではないようでした。きちんと時間をかけて考え、家族で話し合って結論を出すことができたのだなと思いました。

 

「わかりました。Mさんが残りの時間を穏やかに過ごせるように、施設職員一同全力で取り組みます。」相談員がそう答えました。

 

半月ぶりに会ったMさんは、またさらに痩せたようでした。病院でも食事はあまりとれず、ほとんど毎日点滴をしていたということでした。しかし、施設に戻って最初の食事は入院前と比べものにならないほどきちんと食べることができました。長女様は、できる限り口からの栄養で、食事がとれなくても点滴は希望しないとお話してくれました。

 

そしてさらに半月後、Mさんは静かに息を引き取りました。面会に来ていた長女様に手をさすられながら、本当に穏やかな最期でした。長女様は涙を流しながら、しかし納得したような表情をされていました。

 

Mさんのケースのように、ある日突然状態が変化し、最期の場所や死というものについて決断を迫られるということは、高齢の方にはよくあることです。本当は普段からそのようなときにどうするか、家族としての考えを固めておくことが大切ですが、それは簡単なことではありません。まだ元気なうちに、そのようなことをイメージするのは難しいからです。そして、考えを固めていたとしても、いざその決断を迫られるとまた迷ってしまう…そのようなことも、よくあります。

 

福祉職の役割として、そのようなご家族様に対してどのような支援をするか、決断できるようにどのようなサポートをするかを考えていくことはとても重要なことだと感じたケースでした。

 

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