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【小説風事例紹介】家庭環境と障害と保育

time 2019/05/23

【小説風事例紹介】家庭環境と障害と保育

1.N君との出会い

N君が、私の働く保育園に入園してきたのは、年中児になる4月でした。母親と3歳離れた弟と3人家族で、離婚して母親の実家に、引っ越してきたのでした。
私が、初めてN君に会ったのは、入園前の面談の時でした。年中児の担任が決まっていたので、私はN君の、性格や好きな遊び、生活習慣など細かく聞き、保育する上での対応を、考えなければいけませんでした。

 

N君は、目つきが鋭く、周りを睨みつけながら、ポケットに手を入れて歩き、笑う事が少ない子でした。ただ、母親の前では、甘えた姿を見せたり、まだ小さい弟の顔を覗きこんで微笑んだり、母親と私が話をしている時は、じっと座って話を聞いていて、いわゆる、お利口な普通の子でした。

 

母親は、テキパキとした方でしたが、ピリピリとした雰囲気もあり、N君の行動1つ1つを見ていて、すぐ「それダメ!やめなさい」と注意していました。そのためか、N君は母親の顔色を伺いながら、遊んでいるようにも見えました。まだ、N君の弟が小さかった事もあり、母子家庭だったので、産後のストレスや育児のストレスなどもあるのかなと、その時は思いました。

 

面談時に、N君と話をしてみました。私が「こんにちは。お名前は?」と聞くと、こちらを横目で見ながら、「お前には教えない」と一言言いました。すぐ母親が、「ちゃんと名前を言いなさい!」と叱り、N君はすごく小さな声で、渋々答えました。

 

話し方は、「〇〇じゃねーし」などと乱暴な言葉遣いで、時々「そうですね」などと、敬語で相槌をうちます。ですが、母親には、消してそのような乱暴な言葉遣いはせず、言われた事に対してすぐ、「はい。分かりました」「ごめんなさい」とすぐ謝るのです。感情の起伏が激しく、言葉遣いも急に変わるので、どちらかというと、子どもっぽいという感じではなく、掴みにくい子というのが、第一印象でした。

 

笑顔は少なかったのですが、きっと慣れたら、笑顔を見せてくれるのかなと思っていました。

 

面談時に、家庭でのN君との関わりで、困っている事や、相談したい事がないか確認した際、母親からは、「特に困っていることもありません」という事だったので、面談の様子からは、保育士からすると難しい子だけれど、信頼関係ができたら、変わるのかなという感じで、面談を終えたのでした。

 

そして入園式の日。母親から離れられず、ずっと膝の上に座っていたN君。何度か誘いに行くものの、「来るんじゃねー!」と言い、母親に叱られる事もありました。不安の中、次の日から、母親と離れて、新しい保育園での生活が始まりました。

 

2.N君との生活

N君は、身支度やトイレも一人でできました。食事は、好き嫌いが激しく、給食はほとんど好きなものしか食べません。少しでも食べられるように促すのですが、「食べない!まずい!」と言って絶対に食べません。

 

潔癖症なのか、すぐ手を洗い、タオルでふきます。お昼寝の時間は、他の子が寝ても、全くお昼寝をしないで走り回っています。布団に横になることすらしないのです。周りの子が眠れないので、お昼寝の時間は、遊戯室に移動し、毎日一緒に過ごしました。いくら話をしても、大きな声で奇声を発してお昼寝の邪魔をすることもありました。

 

日常生活では、この次にこれをしてというように、順番に頭の中で整理して、動くことができませんでした。1つ終わったら、また何をするのか説明してあげました。そして納得するまで動きません。言葉の意味が分からない時は、「分かんねーからしない」と言います。

 

1度したことがある事はできますが、はじめての事には、全くと言って良いほど、対応ができなくなります。もちろん臨機応変に動くこともできず、自分の思い通りにならないと、「なんでこんな事しなきゃいけないんだ!」と怒ってしないこともありました。また自分の持ち物に触られるのを、すごく嫌がる子でした。お友達がお手伝いをして、N君のカバンを運んであげると、「泥棒!やめろ!」と叫んだこともありました。

 

N君は、音に異常に敏感で、避難訓練の日には、事前に非常ベルの説明をしていても、サイレンの音に気を狂ったかのように暴れました。園外に散歩に出かけた時も、トラックの音が聞こえると耳をふさぎました。園内の掃除をしている時も、掃除機の音を嫌がり、耳をふさいで違う所に行きます。

 

遊びの時間は、お友達と一緒に遊ぶことができません。お友達が近付いて、「一緒に遊ぼう」と遊びに誘うと、「遊ばねーよあっちいけ」と叩いたり、蹴ったりします。「先生、N君はどうしていつも乱暴なの?」と周りの子は、N君と距離を置くようになりました。少しの事でも、トラブルになるので、目を離せません。

 

そして、常にウロウロと歩き回り、周りのお友達の様子を、鋭い目つきで見ています。毎日一人遊びで、集中して遊ぶこともできないのです。高い所からジャンプをすることが好きで、危なくて目が離せません。また玄関から外に出て行こうとする時もありました。年中児になると、何が危ない事なのか、物事の善悪が、ある程度分かるようになりますが、N君は分かっているのか、分からないのか、とにかく危険な状況でした。

 

あまりにも危険な行動が多く、一人ではクラス見る余裕もなかったので、もう1人職員をつけてほしいと、園長に伝えたこともありました。しかし、ギリギリの職員の人数でやっていたこともあり、もう1人職員をつけるには、時間が必要でした。

 

3.N君の好きな事探し

なかなか生活に慣れないN君が、興味を持つ遊びはなんだろうと、日々考えながら、色々変えて関わっていきました。

 

年中児になると、集団遊びや集団での製作活動が増えますが、N君は全く参加しません。「うるせー!めんどくせー!」が口癖で、誘ってもウロウロとどこかに行ってしまいます。集団遊び中は、お友達の様子をじっと見ているので、興味がないわけではないのでしょうが、頑固なところもあるのです。

 

製作活動では、1対1だと少しだけ活動に参加できました。絵を描く事が好きなようですが、いつも暗い色ばかり使い、顔を描くと、発達年齢より低いレベルの、頭に手足がついた顔を描いていました。描くものも、ゲームのキャラクターや空想の生物ばかりで、花を見て描くことなどはできませんでした。そして途中で、うまく思い通りに描けなくなってくると、癇癪をおこして、どこかにいなくなります。

 

また、のりやはさみを使う製作活動の時は、必ず側につかないと、危ない事もありました。はさみを隣のお友達に向けて、髪を切ろうとしたのです。実際に、家で自分の髪を、はさみで切ってきたことがありました。母親は全く気付かなかったようで、「いつの間にかこんな事になっていました」と登園時に話をしたこともありました。保育中にそのような事があっては、大変な事になるので、目を離さないように、気を付けました。

 

几帳面な部分もあり、折り紙の製作活動では、1対1で関わると、最後まで、きちんと丁寧に作っていました。

 

外遊びは好きなようで、虫探しに夢中です。運動神経が良かったので、鉄棒やうんていにもチャレンジしていました。園内で遊ぶよりも、気分がリフレッシュするのか、口数も増えて、笑顔も見られます。虫を見つけると、虫博士のように説明をしてくれました。そこで、「N君が好きな虫を、虫カゴに入れて、園内で観察できるようにしよう」と言うと、「なかなかいい事言うじゃないか」と笑顔になったN君。少し距離が縮まった瞬間でした。

 

N君が見つけたカブト虫の幼虫は、虫カゴに入れて、クラスの棚に置きました。そして、カブト虫はどうなって大きくなるのか、図鑑を見ながら大きい紙に描いていきました。いつもすぐ飽きるN君ですが、ずっと集中して描いていました。完成したものを虫カゴの近くの壁に貼りました。すると周りの子も集まってきて、N君に色々虫の事を聞きにきたのです。N君は、少し照れながらも虫博士になりきって話をしていました。はじめてお友達と打ち解けて話をしている姿は、今でも印象に残っています。

 

その後は、サワガニを飼ってみたり、カメを飼ってみたり、N君がお友達の中に自然にとけこめるように、色々な生き物を飼って、N君と図鑑で調べて、絵を描いて貼りました。N君は、生き物のお世話をしっかりしてくれました。責任感が強い性格で、生き物を大切にできる優しい所もありました。そんなN君は、お友達から「生き物博士」と呼ばれるようになり、少しずつクラスの仲間として受け入れられるようになってきました。

 

4.N君の優しさ

N君の事で、印象に残っているのが、母の日のプレゼント製作の日の事です。クラスで、今日は母の日のプレゼントを作る事を伝えました。なぜお母さんにプレゼントをあげるのか子ども達にも質問しました。いつもなら、「めんどくせー」と言っていなくなるN君ですが、その日は、じっと何か考えている様子で座って、話を聞いていました。クレヨンでお母さんの顔を描いた後、絵の具で色を染める作業と、カーネーションを折り紙で折る作業がありました。時間がかかる作業だったので、2日間の時間を使って、作業をしました。N君は、その日落ち着いていたので、今までのように1対1ではなく、みんなと一緒にやってみることにしました。

 

いつも黒やグレーを選ぶN君が、最初に選んだのは、緑でした。「緑が好きだってお母さんが言ってたんだ」と言い、全部緑のクレヨンで描いていました。紙の中心に、大きく描いたお母さんの顔。大きな口でニコニコ笑っている顔でした。

 

そして隣に小さい顔の2人。すぐに、N君と弟の顔だと分かりました。「ニコニコ可愛いお顔が描けたね」と言うと、「お母さんの近くにいつも僕がいて守ってあげなきゃいけないんだ!僕は男だから!」とはっきりした口調でN君は言いました。

 

私が、「N君かっこいいね!お母さん喜ぶね」と言うと、「僕のお父さんはお母さんをいつも泣かせてたから嫌いなんだ。もう会えないけど」と一瞬曇った表情になったN君の一言が、胸に突き刺さりました。私は何も言ってあげられませんでした。N君の過去を何も知らなかったからです。N君の心の中にいる父親の存在。それと葛藤するN君。離婚したのが、物心がついていた時だったので、余計に辛い思いをしたのだと自分の心の中で、一つ一つ整理しながら考えました。

 

N君が描いた家族の顔。いつもなら、黒く塗り潰してしまう絵ですが、はじめて最後まで描けた絵になりました。

 

母の日のお迎えの時間、母親が迎えに来るのを玄関で待っていたN君。待ちきれなかったのでしょう。母親に「お母さんの顔!僕が描いた!」と照れくさそうに渡したN君を、母親は涙を流して抱きしめていました。

 

母親は私に「今まで家でもお絵描きをしている所を見たことがないんです。もちろん私の顔を描いてくれたこともありません。はじめてです。ありがとうございました」と深々と頭を下げてくださいました。私は、N君が言っていた、“男の子だから僕がお母さんを守ってあげるんだ”という言葉を伝えました。私は、「N君は、すごく優しいお母さん想いのお子さんですね」と声をかけると、母親は嬉しそうに微笑んで、N君を抱っこし、「ありがとう」と声をかけていました。

 

5.N君の園生活と家庭の姿

母の日のプレゼント製作が終わった頃、N君の表情が今までと全然違っていることに、気が付きました。周りを鋭い目つきで睨み、ポケットに手を入れてウロウロしていたN君の目つきが、穏やかになったのです。お友達とのトラブルは、相変わらず多いものの、殴ったり、蹴ったりすることも減りました。日によっては、朝から機嫌が悪く奇声を発して暴れることがありましたが、以前に比べると、良くなっていました。

 

そんなある日、迎えに来た母親に、園での成長した姿をお伝えし、家庭での姿を聞いてみました。なんとなく今まで自分の中で、N君の家庭での事は聞き出せないでいました。ですが、これからN君がもっと楽しく園生活を送るには、どうしてあげたら良いのか、もっとN君の事を詳しく知りたいと思い、聞いてみることにしたのです。

 

入園当初のN君の姿や、お友達となかなか一緒に遊べないけれど、クラスで飼っている生き物を通して、お友達と話をすることができるようになった事。手がよく出て、お友達とトラブルが多かったけれど、少なくなってきた事。もう少し頑張りたい事として、好き嫌いが多く、給食を残す事を伝えました。気になる事は、乱暴な言葉遣いが多く、お友達も困らせてしまう事を伝えました。

 

母親は「申し訳ありません」と何度も謝りました。家庭では、自分が家事や育児でバタバタしていて、N君は常にテレビを見ているとの事でした。3人家族になり周りに自分の両親が近くにいるが、頼れず、一人で何でもこなしているようでした。N君は、そんな母親の姿を見て、弟にご飯をあげるのを毎日お手伝いしてあげているそうです。全ての家事が終わる頃には、深夜になっていて、それまでN君は、ドラマを見たりおもちゃで遊んだりしているとのことでした。

 

確かに園でよくドラマの話をしていました。ドラマが好きで、話す時は、すごく生き生きしていました。それではいけないな…と思いつつも母親の大変さを知り、伝えられませんでした。

 

そして、その時はじめて、離婚の原因が、父親の暴力だという事を知りました。N君の乱暴な言葉遣いや目つき…私は、今までのN君の姿を思い出し、パズルがピッタリ合ったような感覚になりました。

 

その時、私は何も言えず、母親に「あまり無理しないでください。何かあればすぐご連絡ください」とだけ伝えました。N君は、自分を強く見せるために、そのような姿をつくっていたのかもしれません。そして母親も、そんなN君を立派に育てなければいけないという使命感で、常にN君に注意したりしたのかもしれません。

 

N君と母親に、私が出来る事は何なのか考えるのに、しばらく時間がかかりました。

 

6.私の葛藤

N君と出会ったのが、私が保育士になって5年目の時でした。当時はまだ結婚していなかったので、子育ての経験はありませんでした。知識としては、5年間の経験と、学んできた知識だけでした。5年の間に、自閉症の子や、言葉が遅い子、生まれつきの病気がある子など、様々な子どもに出会ってきました。

 

私が2年目の時に担当した子に、アスペルガー症候群かもしれないと言われた子がいました。当時、アスペルガー症候群という言葉は出始めた時で、メディアでも大きく取り上げられるようになっていました。

 

その子は、とにかくじっとしていられない子で、自傷行為や危険なことばかりする子でした。他のお友達に興味がなく、いつも一人遊びをして、思い通りにならないと癇癪を起こしていました。そしてお気に入りの毛布を、ずっと持って生活していました。

 

園長からの指示で、通院するよう伝えると、まだ3歳だからもう少し様子を見るようにとの事でしたが、アスペルガー症候群のグレーゾーンだという診断でした。結論から言うと、その子は、やはりアスペルガー症候群でした。小学生になってから診断されたようです。

 

私の頭の中で、N君はアスペルガー症候群かもしれない…と一瞬頭をよぎりましたが、家庭環境が原因なのかもしれないという気持ちもありました。アスペルガー症候群について色々調べたり、実際に講演を聞きに行ったりしました。

 

アスペルガー症候群は、遺伝要因の他、家庭環境にも影響される可能性があるという事を聞きました。N君の過去は、すごく小さい心にダメージが強かったのだと思いました。父親という存在が、N君にどう映ったのか…突然いなくなってしまった事も一つの原因なのか…またはたくさん甘えたい時期に、母親は家事と育児に追われ、十分に母親に甘えられない事も原因なのか、色々な事が思い浮かんでいました。

 

また、当時、メディアが、子どもの脳に影響を与えるというニュースがあったのです。テレビをずっと見ている子は、イライラする、感情の表現が下手になるなど色々言われてきました。まさにN君の生活環境と一致していました。だから常にイライラし、キレやすいのではないか…一致する点が多くありました。

 

N君は、アスペルガー症候群なのか、それとも今までの家庭環境が原因なのか、保育の現場で、事例検討の1つとして話をした事がありました。園長は、母親に状況を伝え、病院を一度受診するよう勧めました。母親の話を聞いてから、なかなか受診を勧める言葉をかけることができずにいましたが、年長になる時に、母親に受診の話をしました。母親は、「家で色々我慢している分、保育園で爆発させているのかもしれません」と言っていました。

 

7.N君との繋がり

私は、N君が、心を開いてくれるのを待ちました。ある日N君に、「お家ではN君のお母さんがお母さんだけど、保育園では、私がN君のお母さんに変身するからね」と伝えました。N君は「ふーん」と一言答えただけでしたが、とにかくたくさんスキンシップをとりました。

 

「N君大好き」とたくさん抱きしめてあげたり、みんながお昼寝の時間は、膝の上に座らせて絵本を何冊も読んであげました。大好きな虫の話もたくさんしました。すると時々、笑顔も見られ、「先生大好き」と言ってくれるようになったのです。そして自分から私に抱っこして!と来るようになりました。言葉で伝える事が何より大事なんだと気付きました。

 

N君と出会い、1年でようやく信頼関係が築けました。N君と接するうちに、N君は人一倍、気を遣う神経質な子だと分かりました。園では、お友達とトラブルばかりで、相変わらず乱暴な言葉をつかうこともありますが、母親の前だと、面接の時のように、お利口なN君になりました。N君なりに母親に気を遣っていたのでしょう。そうやってN君はストレスを発散していたのかもしれません。N君は、人の顔色をよくうかがい、大人の話をよく聞いています。家庭環境がそうしたのかもしれませんが、辛い経験をした事には変わりはありません。N君が、母親を人一倍大事にしているのが、すごく分かりました。その分、保育園では大事に大事に、N君に接してあげようと心に決めて、保育しました。

 

N君が卒園する少し前に、母親から、アスペルガー症候群だったと話がありました。母親は、自分の子が少し普通の子と違うのではないかと感じていたと、私に話をしてくれました。受診からだいぶ経っていましたが、診断結果を言えなかったN君のお母さんの気持ちが、痛いほど伝わりました。その時は一緒に泣きました。N君と過ごしたのは2年間でしたが、1番印象に残っています。

 

N君が卒園する日。可愛い便箋に私の顔を描いてきてくれました。母親と便箋を買いに行って選んでくれたそうです。まだ字が書けなかったので、母親の字で、“先生は保育園のお母さん ありがとうお母さん”と書いてありました。その時、自分が保育士になって良かったと思えた瞬間でした。

 

N君は、小学生になったら、精神を落ち着かせるための薬を飲むように言われたそうです。卒園してから1度も会っていませんが、今はもう中学生になっています。N君の弟も、アスペルガー症候群だと診断されたそうです。

 

そんなN君から、卒園後、毎年年賀状が届きます。最初は平仮名だけだった字が、とても立派な文章になっていました。あの頃の面影を残しながら、すごく身長が高い男の子になりました。今は、年賀状が届くたびに、N君のあの日の絵とメッセージを思い出すのでした。

 

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