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【小説風事例紹介】Fさんの娘との闘い

time 2019/04/30

【小説風事例紹介】Fさんの娘との闘い  関連記事:すさんでいる介護職に読んでもらいたい!小説風の事例集  

 

1.突然の異動

私がグループホーム(認知症対応型共同生活介護)で責任者兼介護スタッフとして働いていた時の事例です。

 

ほとんど関わりのなかったフロアで責任者が突然退職し、私が責任者兼介護スタッフとして後を継ぐことになりました。知っていることは、前任はガラの悪そうなオバサンだったぐらいのことで、入居者、スタッフ共に見たことがある程度でした。内情は何も分かりませんでした。

 

グループホームは認知症の方が家庭的な雰囲気の中で少人数での共同生活を送ることにより、症状や精神の安定が期待されると言われています。大規模施設よりも人員が手厚く定められ、入居者と密に関わることができるのも特長とされています。

 

以前にいたフロアはそれらを踏まえた上でやるべきことはしっかりやるという考えが浸透しており、私もそれに賛同し、日々の業務をこなしていました。

 

しかし、異動先フロアは全く状況が違いました。

 

グループホームは入居者にとっての自宅なので、掃除などは本人たちがやりたい時にやればよいし、それをスタッフがやってしまうと自立支援の妨げになる。薬や貴重品の管理も非常に杜撰で、無人の事務所にいつでも誰でも入れる状況。また、介護拒否のある場合はそれを理由に何もせず、何日も入浴していない、排泄管理がなされていない入居者が数人いました。記録等は適当でよいので、とにかく入居者とゆっくり関わるべきである等、グループホームの在り方を自分たちの都合の良いように解釈し、家庭的という意味を履き違えて横着な仕事をしているとしか思えない状況だったのです。

 

スタッフはおろか家族にも悪い意味でその考えが浸透しており、それがグループホームだと、誰もが信じて疑いませんでした。フロア内では前任者が急にいなくなったことへ不信感が渦巻いていたことは勿論、ほとんど面識がなく、責任者としての実績もない私に対する視線は非常に冷ややかで、完全なアウェーでのスタートとなりました。

 

フロアのルーティーンや入居者の状況を調べようにもそれらが共有されておらず、記録もないため書面での情報収集ができません。スタッフへの聞き取りも各々が主観で身勝手な意見を述べているだけで、どこまで信頼できるのか分かりません。

 

上層部も前任者の放漫なやり方に難色を示していましたが、とにかく口の立つ女性だったこともあり、うるさく言い返されるのを恐れて仕方なく黙認していたようです。

 

問題だらけのクラスを急に受け持つことになった新米教師。私は教員免許を持っていませんが、恐らくこんな気持ちなんだろうと勝手に推測しました。

 

「元々いたフロアの良さを踏襲し、自分色の素晴らしいフロアを作りたい」そんな想いで移動のオファーを受けたものの、前任者のやり方や考え方を改めなければ何も始まらない。前途多難でした。

 

2.Fさんと悪しき慣習

50代の女性と言えば、どのようなイメージを描くでしょうか。子どもの手が離れつつあり、自分のやりたいことや社会貢献等、やるべきことを見出せている、親の介護問題が出てくる、自らの老後を考え始める、その人の自分で積み重ねたものが雰囲気に滲み出ている‥‥色々な意見があることでしょう。

 

ひたすら屋内を歩き回り、どこにでも扉を開けて入って行き、中の物を拝借する。飲み食いもどうすればよいか分からず、全く言葉を発することができず(発せず?)、所構わず排泄する。

これは、50代で認知症になったFさんの行動です。

 

Fさんには娘さんがおり、年齢は聞けませんでしたが、お母さんの年齢からすると20代~30代だったのでしょう。若く見えますがキリッとしており、立派な大学を出て有名な企業に勤めていました。

 

「自分が立派にやってこれているのは母のおかげ」口癖のようにそう話していました。収入は非常に潤沢だったようで、Fさんのためにはお金に糸目を付けない状態でした。

 

Fさんのフロアでの様子は先述の通りですが、必要な部分は介助をするものの、それ以外の行動については完全に放置か適当に事後処理を行う程度でした。

 

「行動を止めることは本人の尊厳を傷つけるのでしてはいけない」という言葉は大層立派に聞こえますが、本人の尊厳を大義名分に、危機管理が全くなされていない状態でした。

 

特に至るところでの排泄や他室への侵入、物品の持ち出しは事故やトラブルの元であり、尊厳がどうこう以前に放置していてよいはずがありません。

 

事務所から薬ボックスを持ち出してウロウロしていることがあり、さすがにそれはないだろうとスタッフに注意しましたが、「元あった場所になおせばよいだけの話ですし、Fさんの意思でしていることを無理に止めるのはよくないと思います」とまるで話が通じません。

 

確かに、それらを何らかの方法でストップさせることは現実的にFさんの行動を制限にすることになりますが、生活しているのはFさんだけではありません。実際、他の入居者や家族からも苦言を呈する声が上がっていたようですが、色んな人がいて、共同生活なので仕方がないと片付けられていたのです。

 

娘さんからは酷い言われようで、母の病状が思わしくないのは人員が入れ替わったからだ、責任者(私)の技量に母が不安を覚えているからだ等、認めざるを得ない部分はあるものの、着任の挨拶以降、会うたびに言い掛かりとも捉えられるお言葉を頂戴しました。

 

3.すれ違い

確かに、グループホームには共同生活を通じて認知症状の安定や緩和が期待されています。しかし、娘さんは「認知症が治る」ことを求めていました。

 

グループホームでの手厚いケアにより、認知症状が良くなったという事例は多々ありますが、入居者全員が必ずそうなるとは限らないのが現実です。医療の側面においても、尖った研究をしている先生方の意見はさておき、認知症は治療というよりは進行の防止や現状維持が見込める可能性があるというのが一般的な見解なのです。

 

そういう意味で、娘さんとは根本的な立ち位置が違うため、一向に良くならないという不満を抱えている様子でした。その苛立ちを私たちにぶつける状態で、スタッフは関わりを避けており、全て私が対処せざるを得ませんでした。

 

娘さんは認知症についてとにかく勉強しまくっている様子でしたが、本当に学ぶべき基礎的かつ重要な知識よりも、マニアックで怪しい論文、週刊誌や通販の宣伝レベルの怪しい情報等、自分にとって都合の良い情報だけをピックアップし、それに踊らされていました。完全な情報過多です。

 

インターネットや口コミ等で評判の良い医師の情報を仕入れると、その都度Fさんを所に連れ出します。先生の態度が悪かった、母のことを真剣に考えていない、薬が効いていない等、主治医を転々とし続けました。

 

風邪や骨折等とは異なり、認知症は明確に治癒したという成果が見えにくいと言えます。しかし、娘さんの主眼はあくまでも「治る、治らない」でしたので、瞬く間にそれを良くしてくれる医師がいるのなら、私達が教えてほしいぐらいです。

 

結局、異常に高額で怪しげなサプリメントの多量摂取を勧める医師に落ち着き、一般的な治療薬も含めて毎食後15~20錠もの錠剤を服用することになりました。

 

Fさんは服薬の度に苦痛に顔を歪めていました。嚥下(飲食物を飲みこむこと)に問題はなかったものの、私たちでも毎食後にそれが慣例となると、条件反射的に食事が嫌になってしまうことでしょう。案の定、Fさんは、服薬はおろか、悲しそうな表情で食事時間を過ごすようになりました。

 

娘さんに状況を報告したところ、非常に不服そうで、それを何とかするのがプロの仕事ではないのかと食い下がってくる始末です。

 

「辛いとは思うが、本人の現状も含めて受け入れ、共に歩んでいくのが本当の意味での思いやりではないのか。お前たちがやっているのは単なるエゴで、今のお母さんは本当のお母さんではないと言っているのと同じだ。」

 

何度そう言いたい衝動に駆られたか分かりません。しかし、それを言ったところで通じないでしょうし、余計に信頼関係が破綻するだろうと感じ、ぐっと我慢しました。

 

4.改革を起こす

私は今までのやり方と完全に逆行する決意を固めました。しっかりと記録をとり、貴重品は厳重に管理する。拒否のある入居者にはより積極的にアプローチし、介助の実施に繋げて行く。

 

Fさんも例外ではなく、ウロウロし始める原因を突き止め、事務所や他室に入って行った場合は声をかけて別の場所に誘導する。Fさんは事務所に入れず最初は悲しそうな顔をしていましたが、「痛みなくして改革なし」です。

 

正解か不正解か、どこにも答えはなく、グループホームの趣旨を踏まえながらもやるべきことはきっちりやると決め、フロアの改革に着手しました。責任者として何の実績もなく未熟だったこともあり、とにかく行動で示すしかないと奮起しましたが誰も付いて来ず、完全に孤立していました。

 

そのうち、私の考えにそぐわないスタッフが1人、2人と退職していき、前任者とソリの合わなかった数名だけが残りました。彼ら、彼女らは以前のやり方に不信感を覚えながらも従わざるを得ない状況だったようで、私の考えに賛同、実践してくれました。着任当初は不信感を露わにしていたご家族も徐々についてきてくれるようになり、一体感が生まれます。

 

しかし、スタッフが少ないため休みの数が減り、連続の勤務も増えます。「頭数だけ揃っていても、足並みが揃わずギスギスしているなら少数精鋭で前向きに頑張れる方がいい。今は、身体はしんどいが、気持ち的には満たされている」残ってくれたスタッフがそう言ってくれ、本当に救われました。「良質な人員を確保するから、あと少しだけ頑張ってほしい」私もそう答えました。

 

人員は上層部が求人、面接を行っていたため、どのような経歴があるのか、どれぐらいヤル気がまるのかといった部分は何も分からず、本人出社の数日前に履歴書のコピーが渡される程度でした。

 

私はとにかくフロアの現状を変えたいことを伝え、面接に同席することを許されました。どう見ても問題のありそうな人物の行き先は上層部に任せ、何らかの光る物がある人物をどんどん採用しました。

 

ここに自身が加わっていなければ、「問題ありそう群」の指導に余計な労力を費やしていたに違いありません。改革のためとは言え、今思えばよくそんな我儘を受け入れてもらえたものです。ベストメンバーで何とか数ヶ月を乗り切るうち、役者は揃いました。

 

反旗を翻しているのはFさんの娘さんだけ。少し言い過ぎ感はありますが、概ねそれぐらいのレベルに達した手応えを感じました。

 

5.変わらない娘さん

Fさんは疎外感や居心地の悪さを覚えるとウロウロし始めることが分かってきました。会話の輪に入れない、他の入居者から非難された時などです。そのような状況にならないよう、本人だけでなく、他の入居者との関わり方にも配慮します。

 

着席している=落ち着いているというのは短絡的ですし、歩く気力を失っているだけではないかと娘さんは相変わらずの言い草ですが、明らかにFさんが自席で過ごす時間が増えてきました。

 

そんな矢先、ホーム内で風邪が蔓延し、Fさんも寝込んでしまいます。Fさんの主治医はサプリメントを大量処方する医師でしたが、認知症治療の妨げになる可能性があるとの理由で、日常的な体調管理にはあまり力を入れていなかったようです。

 

そうこうしているうちにFさんは高熱を出し、てんかん発作のような症状が起こりました。夜遅くだったこともあって主治医は連絡が取れず、救急搬送となりました。

 

娘さんに状況報告したところ、とりあえず受け入れてくれるところを探して下さいとのことだったので、頼りにしている提携医療機関の先生に頼んだところ、「ああ、あの家族がややこしそうなところか。一刻を争うならほっとけないだろ。」と受け入れてくれました。

 

搬送先で娘さんと合流します。血相が変わっていましたが、命に別状がなかったことをきいて安堵した様子でした。私も同席し、先生に状況を報告します。病院から普段飲んでいる薬を見せてほしいと言われるや否や、娘さんがドヤ顔でいつものサプリメントについて語り始めました。

 

「そんな民間療法の話は聞いちゃいない。普段飲んでいる薬は?」

 

娘さんの話を遮るように聞きました。詳しいことはよく分かりませんでしたが、検査データを見る限り、治療レベルの異常が色々と見つかったようです。

 

「どのような根拠でやっているのか知らないが、肝心の病気はほったらかしで大量に意味の分からない物を飲ませて、苦痛を与えていると思わないのか。人の弱みに付け込んだ悪どい商売、患者をモルモットか何かと勘違いしているんじゃないか。ちゃんとした治療を受けずにこれを引き続き飲ませろというのなら、応急処置だけするからさっさと帰ってくれ」

 

毒舌がたまにキズでしたが、医師としての誇りが高く、患者を第一に考えてくれる熱血漢。私たちの気持ちを代弁してくれた気がしました。娘さんには効果がなく、逆上して連れ帰るだろうなと思っていましたが、さすがに今回ばかりは命の危険を感じたのか、神妙な顔つきで話を聞いていました。

 

サプリメントは一旦中断して「一般的」な治療を受け、Fさんはすぐに回復し、ホームに戻ってきました。このままサプリメントがなくなるのではないかと淡い期待を抱きましたが、娘さんの意向と本来の主治医の指示で再開となりました。

 

6.アホ

入退院というトラブルにも負けず、Fさんは以前の調子を取り戻しました。ほとんど毎日を穏やかに過ごせるようになっていましたが、娘さんは相変わらずの状態です。

 

私を含めスタッフの間に「何とかしてアイツ(娘さん)をアッと言わせたい」という思いが日に日に強くなっていきます。本来のあるべき姿とは完全にかけ離れていますが、皆本気でそう思っていました。

 

通常、ご家族が本人の様子を見るのはせいぜい面会中ぐらいのもので、1日の大部分を知るのはスタッフです。写真は一瞬の様子だけで継続した状態を伝えるのは難しいですし、文章であれば何とでも書くことができます。

 

フロアに映像に長けたスタッフがおり、日頃の良い時の様子を動画ダイジェストにして、DVDで娘さんに渡してはどうかとの意見が出ました。編集はどうするのか、機材はどうするのかとのツッコミが入りましたが、そのスタッフは躊躇なく「自腹でもいいのでやりましょうよ。悔しいじゃないですか」と。

 

最初は家族へのビデオレターというコンセプトで製作を開始したのですが、Fさんが話せないことを分かった上でさせるのは言語道断ですし、カメラを向けると顔を赤らめてどこかに行ってしまいます。本人の負担になっては意味がありませんし、できる限りビデオを回し続け、良い場面だけピックアップして編集することになりました。しかし、ここで反対意見が出ます。良いことも悪いことも含めて伝えよう。

 

反対を唱える者はいませんでした。楽しそうに過ごしている時は勿論、辛そうにサプリメントを飲んでいる時、居場所がなくなると彷徨い歩く時も含めたドキュメントを作る。

 

撮影は断片的に、数日にわたって行われました。ある日、お調子者のスタッフがFさんにちょっかいをかけていた時のことです。Fさんがそのスタッフを軽く小突き、笑いながら「アホ」と言ったのです。

 

「うおーー!」というスタッフの大声(雑音)まで拾っていましたが、確実にFさんの「アホ」は映像、音声に収められていました。そう言われて喜ぶのはお笑い芸人ぐらいだと思っていましたが、値千金の「アホ」が出たのです。

 

編集スタッフが動画をDVD化して、Fさんのドキュメントが完成しました。娘さんの面会時にそれを渡し、是非感想を聞かせてほしいと申し添えます。娘さんは怪訝そうにそれを受け取り、帰宅しました。有り得ないほど不純な動機でしたが、何かが変わると皆が根拠なく確信しました。

 

7.受容と諦め

数日後、「心のこもった贈り物をありがとうございした。母の様子がよく伝わりました。◯日◯時、お話のお時間を頂けますでしょうか」とのメールが入りました。怒っているのか喜んでいるのか、文面からは気持ちが読めずに不安がよぎりましたが、何らかの揺さぶりになったのは間違いないようです。私はアポを快諾し、面談となりました。

 

開口一番、「私は間違っていたんでしょうか」と娘さん。いつもとは違う表情、トーンに動揺してしまいましたが、効果てきめんだったようです。本人を思う気持ちは十分に分かるが、私たちとは考えの方向性が違っていた。直接そうとは言えませんでしたが、それらしいことを伝えました。

 

動画を観て何かを感じたのか、あれこれ他に情報収集したのか、理由は分かりません。ただ、その日を境に娘さんの態度や言動が180度変わったのです。

 

Fさんの件を皮切りに、その後は入居者、ご家族、スタッフが一丸となって最高のフロアを作り出しました。私は再び異動となり、以降のことは伝え聞く程度になりましたが、ドキュメント編集に奔走したスタッフが陣頭指揮を執り、流れを引き継いでくれたようです。

 

これらは私が改革を成し遂げ、曲者の家族をやっつけたヒーローだという類の話ではありません。実際にはもっとギスギスした衝突や恥ずかしいミスもありましたし、単に責任者として実績を残したいという思いが強かっただけかもしれません。結果的にそれが達成されたから語り草になっているに過ぎないのです。

 

介護と言えば身の回りの世話をすることがメインと思われがちですが、究極には家族のフォローも含まれるのかもしれません。

 

親御さん等が認知症になった場合、病気だから、歳をとったんだから仕方ないと本人の状況を受け入れられる方は多くいらっしゃいます。一方、Fさんの娘さんのように、本人の年齢や今までの関係性等の要素により、何としてでもそれに抗おうとする方がいるのも事実です。

 

受容と諦め。どちらも現状に留まるという風な意味合いがありますが、両者には明らかなスタンスの違いがあります。介護においては「諦めたわけではないが、ある程度のことは受け入れる」という、絶妙のスタンスが大切なのかもしれません。

 

あれこれと業務やルールに縛られるのは、入居者に家庭的な環境でゆっくりと生活を送ってもらうという趣旨に反します。一方、事業である以上は適切な管理が求められます。ダブルバインドの中、世間で知られる人手不足なども発生し、問題がより複雑化します。最良の落とし所を探し出し、これまた絶妙のバランスで処理していかなければならないのです。

 

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