Majiriki

福祉、介護職、介護を頑張る人のトータルサポートサイト 社会福祉士 介護福祉士 精神保健福祉士 保育士

previous arrow
next arrow
Slider

【小説風事例紹介】介護職員だけが気付いた変化

time 2018/07/30

【小説風事例紹介】介護職員だけが気付いた変化  関連記事:すさんでいる介護職に読んでもらいたい!小説風の事例集  

1. おしゃれなHさん

Hさんは、私が特養に新卒の介護職員として入職したとき、すでに入所されていたご利用者さんでした。認知症による記憶障害があり、人の名前や前日の出来事などは覚えていられませんでしたが、いつも笑顔で誰に対しても穏やかに接する方でした。一日のほとんどを車椅子上で過ごし、食事はご自身でとることができましたが、トイレには一部介助が必要でした。私が出会ったときにはすでに90歳でしたが、真っ白の髪をいつも綺麗に整えているオシャレな女性でした。

 

Hさんは特養の入所者の中では比較的自立しており、介助の手を必要とするのはトイレと車椅子の移乗と入浴くらいでした。車椅子からベッドへの移乗の際やトイレ内などでは、数歩であれば歩くこともできました。すり足でしたが、つかまりながらいつも自分のペースで移乗することができていたため、介助者はほとんど見守っているだけでした。

 

Hさんの朝は遅く、職員が声をかけてもなかなか起きません。「Hさん、朝ですよ~。」「おはようございまーす。」「朝食が来ますよ~」そんな調子で何度も何度も声をかけ、30分ほど経ってからやっとのそのそと起きてくるというのがいつものパターンでした。

 

朝食の準備ができてもまだ起きてこないHさんの部屋を覗くと、大抵鏡の前で髪をといています。「Hさん、ご飯できていますよ。」と声をかけると、「悪いわねぇ、でもこんなバサバサの髪じゃね。もう少しかかるわ。」と笑って言います。

 

そんなこんなで、Hさんが部屋から出てくるときにはご飯がすっかり冷め、結局いつも温め直すことになってしまうのでした。

 

私の個人的な考えですが、元気で長生きする女性には、身なりに気を配る方が多いように感じます。90歳過ぎてもお元気な方は、髪型やお化粧、爪の手入れなどを日常的に行い、オシャレな女性の気持ちを失っていないことが多いのです。

 

Hさんもそうでした。そして、周りへの気配りも忘れることはありませんでした。

 

「悪いわねぇ。」Hさんは、介助者にいつもそう言いました。誰に対しても気を遣い、トイレへ行きたいときにも職員に頼むことをしないため、職員の方から声をかけてトイレへ促すようにしていました。

 

周りに気を遣いながらも自分のペースを守り、できることはなるべく自分で行おうとする方でした。

 

2.なんとなくいつもと違う

Hさんは、手先も器用でした。施設内で月に1度行われる紙粘土クラブという活動があり、Hさんは毎月参加していました。そのクラブでは季節に合わせた作品を作っており、七夕には織姫と彦星、十五夜にはうさぎとお団子というように、可愛い作品がHさんの部屋には沢山並んでいました。

 

記憶障害があるため、事前に伝えてもHさんはクラブの日を忘れてしまいます。そのため、Hさんにはいつも当日に声をかけていました。「Hさん、今日は紙粘土の日ですよ。」そう声をかけると、「あら、今日は何を作るのかしら。」と微笑み、いつも嬉しそうに広間へ向かっていきます。

 

そして、自分の作った作品であることはきちんと覚えていて、ご家族の方やお客さんが来る度に、Hさんは部屋の中に並ぶ作品を鼻高々にお披露目していました。一人で部屋にいるときに、慈しむように眺めていることもよくあります。Hさんは認知症を患っていましたが、不穏になることもほとんどなく、日々穏やかに過ごしていました。

 

そんなHさんに変化が見られたのは私が入職してから2年ほどが経った頃で、本当に突然のことでした。そしてそれは、とても小さな変化でした。

 

気付いたのは、私と同じくHさんの住むユニットを担当する男性職員でした。彼は新卒でその年に入職してきた新人で、私の後輩にあたる川野君という職員でした。男性にしてはとても細かいところまで気付く、優しい人でした。彼が早番で私が遅番だったため、私はその日出勤後すぐに彼から午前中の申し送りを受けることになりました。

 

「Hさんが、なんだかちょっと違うんです。」彼から最初に出たのは、そんな言葉でした。「違うって、何が?どんなふうに?」私がそう聞くと、彼は困ったように頭を掻きました。「なんていうのか、目がいつもと違うなって。」

 

「目?目がどんなふうに?」更に聞きましたが、明確な答えは彼から返ってきませんでした。「上手く言えないんですけど、なんか目つきがいつもと違うような気がして。表情が違うというか。最初は具合が悪いのかな?って、なんとなくいつもと違うなと思ったんですけど、声をかけてもいつものように返事をしてくれるし、気のせいかな?という気もして…。」彼は自信なさそうにそう言いながら、Hさんに視線を移しました。

 

彼の言うことは曖昧で、わかったようなわからないような感覚でした。利用者さんの具合が悪かったり様子が違う場合には看護師や介護主任に報告をすることになっていますが、彼は自分の感じたHさんの変化がとても些細で上手く人に伝えられないものだったため、まだ報告をしていないと言いました。

 

3.小さな変化が起きていた

「その変化を感じたのはいつから?」と聞くと、「朝食後くらいからです。朝起きてきたときにはいつも通りに感じたんですけど、食事が終わっても食卓から動かずにぼんやりしているようだったので、声をかけたんです。そのときに初めて、なんだかいつもと違うなと感じました。」ということでした。

 

「わかった。私が引き続き様子を見て、必要なら報告しておくから。」彼にはそう言いました。そして、介護記録を確認すると、Hさんのその日の食事量は全体の8割ほどでした。これはさほど珍しいことではなく、Hさんは全量召し上がることもあれば、7~8割程度で手を止めてしまうこともありました。

 

彼の話を聞いてからHさんに声をかけましたが、Hさんはいつものように笑顔で答えてくれました。その表情は、いつもと違うようには感じませんでした。

 

引き継いでからすぐに、昼食の時間になりました。Hさんも食卓につき、いつものように穏やかに座っていました。特に変わった様子はなく、食事もいつものようにご自分で全て召し上がりました。気にして見ていましたが、彼の気のせいかな?とも思いました。

 

しかし、その日はずっとHさんが気になっていました。介護職員の「なんとなくいつもと違う」という感覚は、とても大切なものです。そのような報告をすると看護師からは「何が違うのか明確に説明して」などと言われますが、言葉にできない微細な変化を介護職員だけが感じ取っていることがあるのです。施設では介護職員の他に看護職員や栄養士など、いろいろな職種が連携してサービスを提供していますが、このような小さな変化に気付くことができるのは、日常的に利用者さんと関わっている介護職員だけだと思っています。

 

彼は新人でしたが、細かいことにもよく気付き、日常的に利用者さんをきちんと見ている職員だったため、彼の気付きは信頼していました。

 

そして、私がHさんの変化を感じたのは夕方になってからでした。夕食の時間が近づいた頃、Hさんがトイレへ行くようだったので介助に入ったときです。

 

車椅子からトイレへ移るとき、Hさんはいつも右手でトイレの手すりにつかまりながらゆっくり足を動かし、トイレへ座ります。その足の動かし方が、いつもと違ったのです。すり足なのはいつものことですが、右足を引きずるような動かし方をしているように感じました。

 

4.看護師にはいつも通りに感じる

トイレを終え、食堂へ出てきたHさんに声をかけました。「Hさん、どこか痛いところあるんですか?なんだかさっき足を引きずってたように見えましたけど。」私がそう言うと、Hさんは私を不思議そうに見つめ、「そう?」と言いました。その表情も、少しぼんやりしているようで、どことなくいつもと雰囲気が違う気がしました。

 

私は看護師に報告し、様子を見に来てもらいました。しかし、看護師がHさんに声をかけたときにはいつもの笑顔がそこにありました。「いつものHさんのように思えるけど…。」そう言いながら看護師は首を捻っていました。引き続き変化があったら報告するようにと言われ、看護師は戻っていきました。

 

それからすぐに夕食の時間となりました。いつものようにHさんも食べ始めましたが、半分ほど食べたところで、やはり異変がありました。

 

カシャン。

 

小さな金属音がしたためHさんの方を向くと、スプーンが床に落ちていました。「Hさん、大丈夫ですか?これ、新しいの使ってくださいね。」私はそう声をかけ、新しいスプーンを手渡しました。

 

「ごめんなさいね。手が滑っちゃって。」Hさんはそう言って微笑みました。その笑顔が、いつもと違いました。口角が左側しか上がっていないのです。

 

脳に異変が起きている。そう直感しました。Hさんは再度スプーンを持って食事を始めました。右手が動かないわけではありませんでしたが、いつもより手の動きが緩慢でした。

 

私は再度看護師に報告し、病院に行くべきだと主張しました。看護師はもう一度Hさんのところへ来て右手の動きなどを確認しました。「明らかな麻痺症状が見られるわけではないし…表情も私にはいつも通りに思えるけれど。もう少し様子を見てもいいんじゃないかしら?」看護師はそう言いました。しかし、私には確信に近いものがあり、介護主任へも報告をしました。

 

その後、介護主任と看護主任もHさんの様子を確認しにユニットへ来ましたが、やはり明確な麻痺所見が認められず、意識レベルの低下などもないことから、病院受診の判断は早急ではないか?と看護主任から話がありました。しかし、介護主任は私の話をきちんと聞いて、取り越し苦労ならそれで良いが何かあってからでは困るので、病院に行きましょうと言ってくれました。

 

5.受診へ

看護職員は腑に落ちない様子でしたが、半ば押し切るような形で翌日病院受診をすることになりました。Hさんは翌朝も特に変わった様子なく起きてこられましたが、朝食を半分ほどしか食べず、いつもは食べこぼしがほとんどないにもかかわらず、その日の朝は床にこぼすことが多かったという申し送りがありました。その日も私は遅番だったため、出勤したときにはHさんはすでに病院に行っていてユニットにはいませんでした。

 

そして午後になり、入院になったと連絡がありました。検査の結果、小さな脳梗塞が見つかったというのです。それはとても小さな梗塞で、検査で発見できるギリギリの大きさだったそうです。病院の医師からも、よく気付きましたねと驚かれたと付き添っていった看護師から聞かされました。

 

早期の発見だったので麻痺などは残らないだろうと言われたそうですが、そのままHさんは約2週間入院することとなりました。

 

Hさんが不在の間に、最初に異変を感じた川野君と一緒に夜勤をする日があり、Hさんのことを話しました。

 

「いやぁ、僕申し送りをしたときにはまさか脳梗塞だとは思いませんでした。実を言うと、あまりに些細な変化だったので、申し送りでそれを言うかどうかも迷ってたくらいなんですよ。」と、彼が言いました。

 

「でも川野君がそれを私にきちんと伝えてくれたから私もあの日Hさんを気を付けて見ていたし、だからこそ、その後の変化にも気付けたんだと思うよ。川野君はいつも利用者さんをきちんと見ていて、細やかな対応ができていると思う。だから、あの日もいち早くHさんの変化に気付けたんだよ。今後もこういうことがあったら憶することなく絶対伝えてね。取り越し苦労なら、別にそれでいいんだから。」

 

「ありがとうございます。なんだか今回のことで少し自信がつきました。これからも頑張ります!」

 

介護職として一番大切なものを、彼は入職一年目のこの頃から持っていたような気がします。

 

半月が経ち、いつもの穏やかな笑顔でHさんが施設に帰ってきました。入院中に大きな変化はなく、経過も良好で予定通り退院することができたのです。退院の日は、私が早番で川野君が遅番でした。ご家族に付き添われながらHさんがユニットへ帰ってきたところを二人で出迎えました。

 

6.入院を経て、戻ってきたHさん

「Hさん、お久しぶりです。お変わりなくて、何よりです。」私がそう声をかけると、Hさんはにっこりと微笑みました。

 

「本当にありがとうございました。皆さまが日々細やかなケアをしてくださっているおかげで、大事に至らずに済みました。今回も職員の方がこんなに早く気付いてくださらなかったら麻痺などが残ってしまった可能性もあるって、先生に言われたんですよ。」そう言ってゆっくり頭を下げたのは、Hさんの車椅子を押してきた娘さんでした。

 

「最初に気付いたのはこちらの川野なんです。早期に病院へ行くことができて、本当に良かったです。」私がそう言うと、川野君はぺこりと頭を下げました。

 

「ありがとうございました。あなたのおかげで母は今も元気です。今後とも、よろしくお願い致します。」娘さんは改めて深々と頭を下げました。

 

その後、Hさんはそれまでと変わらぬ日常を取り戻しました。そして、それから3年後、老衰で静かに亡くなりました。その後脳梗塞が再発することはなく、最期まで身体の状態を落とさず元気に過ごしていらっしゃいました。毎月の紙粘土クラブは欠かすことなく参加し、亡くなる頃には作品が何倍にも増えていました。その数々の作品は、退所される最後の日に娘さんが「家に飾ろうと思います。」と微笑んで、全て持ち帰りました。

 

Hさんは最期まで介護職員に「悪いわね。」と気を遣いながら、周りのことを考える人でした。髪の毛を自分で整える毎朝の習慣も、亡くなる数日前まで続きました。身なりを気にするHさんだったので、最期のお化粧も念入りにお願いしました。最期まで、とても綺麗なお顔でした。

 

「皆さまには本当に長い間お世話になりました。優しく接していただいて、母も幸せだったと思います。介護の方というのは、素晴らしいお仕事ですね。」最後の日に、Hさんの娘さんはこんなことを言ってくれました。私は、川野君に向けられた言葉だと感じました。

 

7.介護職の専門性

Hさんの一件で私は介護職員の専門性を再確認することになりました。介護職員には、看護のように医療知識はありませんが、それと同等の介護としての専門知識と技術があるのです。

 

利用者さんの小さな変化にいち早く気付くことができるのは、日々一番近くでその様子を見ている介護職員だけです。「なんとなくいつもと違う」そのような気付きや感覚を、自信を持って主張するべきなのです。

 

介護という仕事は、無資格・未経験でも働けるところが多く、その専門性が軽視されがちな職業であると思います。そのため、専門資格というイメージが強い看護職が強い力を持っている施設は少なくないように感じます。しかし、介護施設は「介護」を専門とするサービスであって、その組織の中心となるべきは介護職です。介護職員一人一人が、自信を持って自分の感じたことや利用者さんの変化について、声をあげることのできる環境が好ましいのです。

 

Hさんのケースでは、川野君という新人職員の気付きが、Hさんという一人の女性の晩年を左右しました。彼がHさんの変化に気付かなければ、Hさんの身体には麻痺が残っていたかもしれません。介護の専門性とは、この気付きにこそあります。

 

介護職員は、ただ漫然と利用者さんの日々の生活をお手伝いしているわけではありません。

 

「おはようございます。」と声をかけながら、その顔色を確認し、いつもと変化がないか観察をします。食事の介助をしながら、うまく飲み込めているか、むせたりしていないか、どういうものが食べやすくて、何が好きなのかを考えています。いろいろなことを考えながら、いろいろな視点で観察しながら日々の介助をしているのです。

 

そのような日々の積み重ねがあってこそ、いざというときの変化に気付くことができます。これは、他のどの専門職にも行うことのできない、介護職員の専門性だと私は考えます。

 

本当は無資格・未経験で出来る仕事ではないのですが、人手不足の業界では仕方がない部分もあるかと思います。

 

数ある介護施設の職員が皆、その専門性やプロとしての自覚を持ち、誇りを持ってその仕事にあたることができればと願う毎日です。

 

 関連記事:すさんでいる介護職に読んでもらいたい!小説風の事例集  

 

sponsored link

previous arrow
next arrow
Slider

down

コメントする






sponsored link