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介護事例連載【第7回】このままで良いHさん ~助けの手を差し伸べるということ~

time 2019/05/06

介護事例連載【第7回】このままで良いHさん ~助けの手を差し伸べるということ~

Hさんの意向は一貫して「私はこのままでよい」でした。しかし、放置しておけば別の場所でもっとひどい目に遭っていたかもしれません。

 

意向が本心なのか自暴自棄なのか確かめる術はなく、仮に分かったところで状況を変えられたのかと問われると、何とも言えません。

 

行政の関係者は総じて残念そうな、でも少しホッとしたような様子で、何度も「今回は本当にお世話になりました」と繰り返しお礼をしてくれました。私自身、そのことに対して悪い気はしませんでした。

 

しかし、一方で「保護」「人助け」の名目で、妙な正義感を振りかざして人の生活、さらには人生に土足で踏み込んでいただけではなかったのか、単なるお仕着せではなかったのかという気持ちが拭い切れなかったのも事実です。今回のお話がハッピーエンドなのかバッドエンドなのかすら分かないのです。

 

「アフリカの人は皆困っているという前提で見ていないか」という風なコラムか何かを読んだことがあります。食糧難や伝染病、多子や不十分な生活インフラ等は誰もが知るような事実ですが、現地の人達は困っているのか、不幸せなのかどうか、実際に行って確かめてみたと。

 

確かにそれらの問題はあるものの、現地の人達はそれなりに1日を過ごし、不自由なりにも楽しく幸せに暮らしていた。支援のために綺麗な衣類や便利な道具等を現地に持って行ったが、その有難みや便利さが理解できず、結局は無用の長物になった。余計なことを考えない分、各々の瞳はまぶしいほどに純粋に輝いていた。

 

流し読み程度だったので内容や趣旨が正しいか分かりませんが、概ねそのような内容でした。

 

アフリカの人とHさんを同様に論じることはできませんし、それぞれの生活様相が悪いという意味ではありませんが、彼女の対応をしている時、ふとそのコラムの内容を思い出したのです。

 

介護の仕事をしているかどうかに関わらず、困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然のことであり、否定の余地がありません。

 

ましてや今日の日本においてHさんのような生活を送っている人は当然に何らかの支援が必要と言えるでしょう。

 

しかし、そもそも「支援」という言葉自体が上からというか、助けてやっている感を含むのではないかと捉えてしまうのは、私に素直さが足りない証拠なのでしょうか。

 

うまく表現する力を持ち合わせておらず、何を言いたいのか自分でも分からない後味の悪い終わり方ですが、Hさんとの関わりの中で体験し、感じた全てなのです。

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