社会福祉士コラム

【小説風事例紹介】どうしても家に帰りたいけれど、家族・地域住民の支援が得られないAさんへの支援

まとめて読むにはこちら

1.入院に至るまで

私は回復期リハビリテーション病棟で、専従MSWとして勤務をしております。ソーシャルワーカーとしての経験は6年目であり、ベッドコントロール、入院判定、クライエントへの入退院支援が主な業務となっております。入退院支援としましては、社会制度の情報提供や手続き、クライエントへの心理サポートや生活の再構築支援、家族への介入や、在宅関係諸機関や医療機関との前方・後方連携と多岐にわたります。また、職場の特性上、ボランティアコーディネーターや地域への公開講座等の企画・運営に携わってもおります。

 

福祉職に関する資格としては、社会福祉士、介護福祉士、介護支援専門員、社会福祉主事任用資格、視覚障害者ガイドヘルパーを保有しています。現在は、日々の業務に務めながら、社会福祉士を目指す専門学生の外部講師や学会における研究の発表等も行っております。

 

日々、入退院支援の援助を実施させていただいている中での症例をご紹介させていただきます。

 

Aさんは元々、市営住宅の4階にて、お一人で暮らしておりました。84歳と高齢で、夫とは若いころに離婚をしており、二人の間にもうけた長男は、知的障害を抱え、20年前より施設入所をしております。在宅での生活では、介護保険サービスを利用しながら、なんとか生活を維持している状態でした。パーキンソン症候群による、動作性急や注意力の散漫、それらに加え、下肢筋力の低下もあり、いつ転んでもおかしくない状況でした。

 

そんな矢先、自宅を訪れた訪問介護員が、台所で身動きが取れなくなっているAさんを発見します。すぐに救急車にて、近隣のT急性期病院へ搬送となりました。足の痛みを訴え続けるも、幸いにも意識は清明であり、コミュニケーションをとることは可能な状態です。一通りの検査や診察を終えたのちに、担当医より、「右大腿骨頚部骨折」の診断となりました。その後、手術を終えるも、車椅子レベルの状態であり、まだまだ生活再開には程遠い状態です。本人は強く自宅退院を希望されましたが、現状では介護保険サービスだけでの支援では足りず、リハビリを目的とし、B回復期リハビリテーション病院へ転院となりました。

 

当初、転院に関して本人は全く同意せず、T病院の医師・看護師・ソーシャルワーカーでも、同意が取れない状態でした。そのため、担当していたMケアマネジャーの協力もいただき、転院に対して、本人を説得しております。

 

その背景には、「現状の身体機能でも生活はできる」、「足りないところは(介護保険サービスで)手伝ってもらえば良い」、「息子が家に帰ってくる」といった思いがあるとのことでした。

 

なんとかT病院、Mケアマネジャーが本人を説得し、自宅に帰るためのリハビリ目的で、B回復期リハビリテーション病院への転院に結び付けることができました。

 

2.入院から関係構築・社会背景のアセスメント

Aさんが入院後、本人との信頼関係構築を図るべく、幾度とお部屋を訪問しました。4人部屋でしたが、パーキンソン症候群の影響と難聴もあり、言葉が出づらい、他者の声が聞こえづらいこともあり、他の患者さんとコミュニケーションを図ることを避けている様子でした。また、インテーク面接において、他者介入をあまり好まないと本人より伺っておりました。そのため、介護保険サービスにおける訪問介護やその他のサービスも本当に必要最低限で生活を送っていたようです。そのため、本人とは居室でお話することは避け、個室へ案内し、お話を伺うことにしました。

 

若くして夫とは離婚をしており、以降は障害を抱える子どもを働きながら支えてきたこと、パーキンソン症状がでたことにより、仕事・障害を抱える子どもの子育ても難しく、最終的に施設入所にさせてしまったことを悔いているとお話を伺うことが出来ました。そのため、子どもが帰ってくる場所(自宅)を用意しておかなければいけないと強く話されました。

 

今後は自宅退院を目標とするため、Mケアマネジャーやその他の関係機関と連絡・調整を図ることに同意をいただき、支援介入となります。金銭管理等に関しては、支援いただける親族や知人もおらず、現状の身体機能では、一人では引き出しや支払いも難しいため、当面、ソーシャルワーカーと一緒に行動することとしました。

 

自宅に帰るというお話をしている時には、目をぱっちりとあけ、言葉が出づらい中にも、しっかりと自己表出をされていました。しかし、親族や金銭面でのお話となると、閉眼したり、沈黙となってしまったりと、打ち明けることを拒んでいる印象でした。

 

ソーシャルワーカーとしては、必要な情報であっても、信頼関係構築を図るため、伺うタイミングも重要です。幸いにもMケアマネジャーが支援していた経過もあるため、Mケアマネジャーからも情報を伺い、事実のすり合わせも後日出来ました。

 

一通り本人との面接を終了後、情報を整理したうえで、Mケアマネジャーへ連絡を取ることとします。

 

3.ケアマネジャーとの連携

3年前より支援介入を開始しており、支援開始となったきっかけは、地域住民から地域包括支援センターへの要請でした。お住まいであった市営住宅の隣人より、Aさんの家から煙が出ていると通報があり、駆け付けた消防員が、ハロゲンヒーターでの小火であることを確認したことがきっかけでした。火の管理や家屋内の生活状況より、行政の介入が必要となり、地域包括支援センターへの相談となります。その後、介護保険認定の申請結果により、要介護1という決定となり、Mケアマネジャーが担当となります。

 

自宅内は汚れた衣類や食器で散乱しており、台所も洗い物が溜まっていたようです。通販商品の支払いの督促状があり、お一人での生活は十分になされていたとは言えない状況だったとのことです。

 

また、子どもの入所施設ともほぼ連絡を取っていない状況であり、子どもの状況を聴いても、元気で生活しているとお話されていましたが、Mケアマネジャーが施設に問い合わせたところ、知的障害の進行もあり、体調を崩しやすく入院を繰り返すこともあったようです。子どもの入院費等の支払いは、施設とケースワーカーが調整を図っており、解決していたとのことです。当然、子どもへの対応の依頼をずっとしていましたが、「難しいことはわからない」、「施設でおこったことだから施設で対応してほしい」などと、対応を拒まれていた経過もあったとのことです。

 

本人の生活費に関しては、口座からの引き落としにて対応し、窓口支払いが必要なものはMケアマネジャーが本人と対応していたようです。しかし、金銭管理もずさんであり、支払う・支払わない、の判断を本人が勝手に行っている様子もあったようです。

 

本人が他者介入を拒むため、生活の再構築に向けた、介護保険サービスの導入にも時間を要したとのことでした。そのため、サービスは訪問介護のみ。入浴は水道代の節約で清拭のみ。また、節約のため、ガスはとめ、調理は電子レンジ、暖房はハロゲンヒーターのみ、お湯は電気ポットのみといった状況でした。

 

Mケアマネジャーの見解としては、在宅での生活継続は困難との所見です。今後のリハビリ進捗状況を都度共有しながら、在宅生活の再開が可能か判断していくこととなりました。本人・Mケアマネジャーとも相談をし、今後の生活も考え、介護保険認定の区分変更をかけることとなります。

4.リハビリと認知機能、そしてチームとしての方向性提示

パーキンソン症状の進行により、身体的に対応が困難になってきていることや社会制度は複雑であり、高齢の方が自身で理解することは時に難しいこともあるため、そういった背景も考えながら、今後の本人との面接に備えていく必要があります。

 

本人の意向を大切にしていきながらも、現状をしっかりと把握し、利用可能な社会制度と照らし合わせながら、実現可能な生活を再構築していくことが、MSWには必要です。
そのためには、医師・看護師・リハビリスタッフ・介護福祉士等のケアスタッフ・栄養士等といった多職種との協働が不可欠です。また、院内での状況をしっかりと関係機関との共有・協働も大切な業務です。

 

Aさんは制度上、最長3ヶ月のリハビリ期間が与えられています。入院から1か月半が経過し、骨折の経過は順調ですが、廃用症候群の進行や、パーキンソン症状、認知機能の低下もあり、リハビリの効果がゆっくりとしか得られない状況です。また、本人もリハビリ時間以外の時間は横になって過ごすことがほとんどであり、身体機能の伸びも緩やかです。

 

認知症テスト(HDS-R)では18/30点。FAB(前頭葉機能検査)では13/18点です。視覚での情報は入りやすいですが、言葉や文章といった聴覚からの情報は内容によっては理解が困難です。複雑な内容の理解や記憶の保持・想起に低下が見受けられます。

 

家賃や入院費などの支払いも、本人からの相談はなく、こちらから投げかけなければ、支払いに動き出すことはありませんでした。

 

カンファレンスでは現状の身体機能で、自宅内の移動は四つ這い(車椅子・歩行器が環境上使用できないため)が現実的な設定と考えます。ただ、身体機能・認知機能・判断能力の低下により、IADL(炊事・洗濯など)が不十分であり、介護保険サービスだけではまかうことが難しい状況と判断し、当院としては「自宅以外の生活場所の検討」という結論になったのです。

 

しかし、「本人としては、自宅に退院する」の一点張りです。ここから、病院・Mケアマネジャーと本人の意向の対立が始まります。

 

5.すれ違う方向性と地域資源の獲得への動き出し

入院1か月半が過ぎ、当院としての結論を主治医より、本人へICを実施しました。

 

「自宅での生活は今の身体機能や判断力では難しくありませんか?」、「支援者が常駐している生活場所にうつるタイミングではないでしょうか?」と主治医から説明するも、「自宅に帰れば生活はできる。」、「今までもずっと自宅でやってきた」と押し問答の繰り返しです。

 

複数回、ICを実施しておりますが、各回同様のやり取りで進捗もありません。成年後見制度の利用も提示しますが、自分のお金を誰かに管理されたくないと全く向き合ってもいただけません。

 

そこで、ソーシャルワーカーは本人の許可を得て、近所に住んでいた民生委員のS氏へ連絡を取ることとします。民生委員からは、「しばらく姿が見えなかったから、どうなっているのか心配していた。」、「本人の性格上、自宅に帰るというと思っている。」、「町内会では、ずっと本人の独居は無理だと話をしていたが、本人は頑なに生活場所を変える気がなかった。」、「町内会として、支援の手を何度も差し伸べていたが、本人が拒否をして、いずれは誰も関わらなくなった。」といった内容を伺うことができました。

 

今回の小火も初めてではなく、過去にも複数回あったようで、地域住民は「もし火事になったら」、「孤独死していたら」と日々不安であったとのことです。また、最後には「本人の気持ちは十分わかるが、どうか自宅以外の生活場所への退院を希望します。」と語られておりました。

 

正直、MSWとしてどう導くべきか、本当に悩みました。

 

本人は孤独死も覚悟の上での発言でしたが、では実際にそうなってしまった場合、誰がどう対応するのか。他者に迷惑がかかるような災害が起こった場合のことや、何かしらの事件や事故にあう可能性も十分考えられます。本人以外の誰もが、「自宅以外の生活場所」を望んでいるのです。本人に決定権があるのは当然ですが、認知機能や判断能力の低下が認められる方の意向をどこまで進めるべきか。

 

MSWだけではなく、担当スタッフ間で何度もカンファレンスを実施致しました。老健や療養病棟へ移ることも視野にいれましたが、根本的な解決にはならず、また、入院・入所期間が長くなることで、生活保護制度上、自宅の引き渡しになってしまう可能性があったため、限られた期間で判断しなければいけない状況でした。

 

6.本人の意にそぐわない決定事項

本人と病院間での方向性の統一が図れないまま2か月が過ぎようとしました。

 

入院には期限もあり、本人との面接を繰り返し、一度「施設」を見に行くことに合意を頂けました。しかし、本人は全く前向きではなく、病院やMケアマネジャーに言われたから嫌々という状況です。

 

本人は「絶対に施設に入りたくない。」と訴えております。その理由としては、「自分の行動を監視・制限されることが非常に嫌」、「自分の好きなものを食べる事が出来ない(食事にこだわりがあり、自宅では自身の好きなもの以外は食べない)」ことが挙げられました。

 

本人の意向を聴く限り、提示する施設は、比較的自由度が高く、行動の制限が少ない、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホームの提示をしました。本人と相談し、MSW、リハビリスタッフが同行し、施設見学を実施します。施設はケアマネの変更を必要としない、自宅近くであり、かつ以前利用していたスーパーなどが近い、できるだけ環境を変えないK住宅型有料老人ホームです。事前にK住宅型有料老人ホームには状況・背景を伝えており、成年後見制度を利用せずとも、本人の意思に従い、金銭管理や身の回りのことを支援いただける施設です。

 

見学終了後、本人と面接しますが、「良い場所だけど、行く気はない。」とのことです。別の施設見学も提示しましたが、「全く行く気がない。」、「疲れるだけだから」と、否定的です。しかし、比較は必要だと考え、何度も面接を繰り返し、ほぼ同条件のS住宅型有料老人ホームへ見学を実施します。二度目の施設見学では、前の施設(K住宅型有料老人ホーム)の方がまだ良かったと発言が聞かれました。

 

リハビリは想定通り、本人が期待するような身体機能の伸びは乏しく、十分に自宅での生活ができるとは言い難い状況でした。本人とは毎日面接を繰り返し、どういう生活を望んでいるのか、その理由はなぜなのかなど、アセスメントとフィードバックの繰り返しです。担当スタッフはもちろん、Mケアマネジャーや民生委員、ケースワーカーも病院へお招きし、面接を繰り返し、自宅での生活は非常に難しいことを伝えました。

 

本人は納得いかない状況ではありますが、「わかった」と首を縦に振りました。そして、本人との相談の上、K住宅型有料老人ホームへの入居の準備を進めることとなります。

 

7.MSWが抱えるジレンマ

入院期限も間近になり、K住宅型有料老人ホームの相談員・ケアマネとは着実に転居の準備を進めていきます。介護保険サービスは、従来利用していたMケアマネジャーであることや、訪問介護事業所の利用継続であることや、自宅の整理・処理は、ケースワーカーと相談の上、転居後に本人・K住宅型有料老人ホームの相談員で行っていくことを条件にお願いをいたしました。退院に関して、たくさんの同意書や契約書については、K住宅型有料老人ホームの相談員とMSWにて3日間に渡り説明を繰り返し、サインを頂きました。

 

退院当日は、K住宅型有料老人ホームの相談員とドライバーが迎えに来ました。相談員とドライバーが部屋にお迎えに来ていただいた際には、「私はそんな契約をしていない」、「みんな私を騙した」と落ち着かなくなる様子がございました。改めて経過をお伝えし、今までの経過については、本人同意のもと、記録にサインを頂いていたため、それらを用いて納得頂き、K住宅型有料老人ホームへの退院の運びとなりました。

 

最後まで入院費やその他の支払いの管理は乏しく、MSWより働きかけなければ、動き出しが出来ない状況でした。本人の中では「誰かがやってくれる」と発言が多く、自発性・自立を促すことがうまく支援出来ておりません。今回のケースに関しては、様々な状況や社会背景を考慮した上で出した結論です。

 

しかしながら、本人の意にそぐわない方向性で決定したことや、自立を促すことに対して、十分な結果が得られていない状況での退院です。自分たちの行った支援が本当に良かったのか、日々フィードバックをしながら、今後の支援に精進していきたいと思います。

 

退院数日後、K住宅型有料老人ホームの相談員に連絡を取ったところ、最初は混乱もあったが、通所介護の利用にも同意を頂き、生活リズムの獲得が出来始めていると伺っております。入院患者様には様々な背景を抱えた患者様が多くいらっしゃいます。今回のケースの様に、身の回りの支援者が乏しく、判断に時間を要してしまうことや、経済事情等で支障が出る事もあります。様々な知識と経験、応用力がMSWには必要だと、日々考えさせられます。

まとめて読むにはこちら

-社会福祉士コラム
-,