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【第2回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~娘さんとの出会い~

私はそのとき初めて、その方がMさんの娘さんであることを知りました。「あ、こちらこそ初めまして。介護職員をしておりますSと申します。」サングラスをかけたまま、表情が読めないTさんに私は少し戸惑っていました。

 

「ばあちゃん久しぶり。元気そうね。」Tさんがそう声をかけると、Mさんはいつものように「んー!」と答えました。いつもと変わらない様子のMさん、娘さんがいらしていることは全くわかっていないようです。Tさんはそれ以上Mさんに話しかけることはなく、タンスの衣類を入れ替えたり部屋の掃除をしたりしていました。そしてそれが終わると、「帰ります。」と部屋から出てきたのです。まだ、いらしてから30分ほどしか経っておらず、夏祭りはこれから始まるというところでした。

 

私は驚き、「これからお祭りがありますから、良かったらご一緒に参加していかれませんか?Mさんとお店を回ったり…」と言いました。するとTさんは、「いいんですよ、私は足も悪いし目も悪くて、人混みの中を車椅子を押して歩くことなどできません。顔を見れましたから。」と言い、そのままユニットを後にしました。それなら職員も付き添うことができますよ、と言いかけましたがそれを聞くことはなく帰ってしまわれました。

 

初めてお会いした印象は、正直言って「変わった方だな…」というものでした。何故あのような全身黒ずくめの恰好をしているのか、それに普段全く面会がなくたまに会えたというのに本人とはろくろく関わらずに帰ってしまう…。わからないことだらけでした。Mさんとの関係性はどのようなものなのだろう?と疑問でした。しかし、久しぶりだねと声をかけたときの様子からは、別に憎んでいるようにも思えませんでした。

 

このとき、私は毎日のようにMさんの介護をしていたにもかかわらず、Mさんの家族のことや、Mさんがこれまでどんな人生を歩んできたのかということを全く知らないということに気付きました。それらを知らなくて、これからのMさんの余生をどうして支えることができるのでしょう。私は今までの記録を読み返し、他職員から話を聞いてMさんの情報を今一度調べることにしました。

 

調べてみると、Mさんは10年前の施設開設時に最初のご利用者さんとして入所した方々の一人だということがわかりました。そのときには84歳ですが、すでに要介護5で現在とほとんど同じ状態で入所されたようです。80歳まで牧場を営む自宅に暮らしていましたが、脳梗塞で倒れ、三か月入院を余儀なくされました。元々認知症かと疑われる症状が出始めた頃だったようですが、入院している間にそれが急速に進行し、家族の顔もわからなくなってしまったそうです。また、リハビリにも全く意欲がなく、身体機能はどんどん弱まりあっという間に寝たきりになってしまったということでした。その後介護老人保健施設(いわゆる老健)を経由し、自宅復帰の見込みはないとしてうちの施設に入所されたという経緯が記録されていました。

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