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【第6回】糖尿病のSさんと、好きなものを食べてほしい家族 ~決めるのは病院や施設ではない~

看護師が優しい口調で説明しました。「気休めを言っても仕方ないので、医療の観点から率直にお話させていただきますと、チョコレートやクッキーなどはカロリーの高いものです。たとえごく少量だとしてもそれが日常的に積み重なれば、やはり影響がないとは到底言えません。現在でもSさんの糖尿病はかなり重度の方です。命に関わると言わざるを得ません。その上でご家族としての接し方や今後のことを考えていただければと思っております。」

 

奥様は、目を見開いて何も言いませんでした。どうしたら良いのかわからないといった様子でした。

 

私はどう言葉を繋ごうか迷いましたが、自分の話をすることにしました。

 

「個人的な話をしますが、私は学生の頃に幼少期からずっと同居していた祖母を亡くしました。94歳だったので大往生でしたが、直接的な死因は肺に水がたまったことでした。最期は苦しむことなく病院で静かに息を引き取りました。亡くなるまでの一か月程、祖母は医師から絶飲食の指示を出されており、栄養分は全て点滴で補っていました。誤嚥のリスクが高いため、口からは少しの水分も与えてはいけないと言われていました。でも、点滴で補っていても喉は渇くんですよね。祖母は毎日『何か飲ませてほしい。ジュースが飲みたい。ほんの少しでいいから…』と私たちに懇願しました。家族としては、とても悩みました。医師からは止められている。しかし、食べ物に困ることなどあり得ないこの時代に、喉の渇きを癒すこともできない。それで多少でも命が延びたとして、祖母は幸せだろうか?と考えました。もう94歳なのです。どの道この先何十年も生きられるわけではない。死期を早めたとしても、その場の欲求を満たしてあげる方が祖母は幸せだろうと、家族で話し合い、そう結論を出しました。」

 

奥様は黙って聞いていました。

 

「もちろん医師からは許可がでませんでした。病院は治療の場ですからね。死期を早めるとわかっていて危険な行為を許可することなどできないのです。しかし、私たちは祖母が求めたときにジュースを与えていました。そして、おそらく少しずつ少しずつ誤嚥していたのでしょう。結果的に肺に水がたまり、祖母は死にました。」

 

「でも、私たち家族は今も後悔していません。入院してから初めてジュースを飲んだとき、祖母は『あぁ、美味しい。』と笑ったのです。それは入院してから初めての笑顔でした。祖母は、あのとき幸せだったと思います。私たち家族も、そんな祖母を見て幸せでした。だから、今も後悔はありません。」

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