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【第5回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~二度目のカンファレンス~

しかし、Mさんの状態は毎日変わっていきます。Tさんの気持ちに沿いながら、出来る限りご本人とご家族の意向に沿った支援をしなければなりません。カンファレンスの中で、Tさんは「安らかに最期を迎えてほしい」という気持ちをお話してくれました。二回目のカンファレンスでは、そこに重点を置いてTさんの思う「安らかな最期」がどういうものかを聞いてみることにしました。

 

最初のカンファレンスから二週間後、二回目を開催することができました。医師より、Mさんにとって安らかに過ごすということはどういうものだと思いますか?とTさんに訊ねました。

 

「それは、痛みがなくて穏やかな気持ちでいられることだと思います。もう穏やかとかそういう感情や気分みたいなものはないのかもしれませんけど…。」俯いたまま、Tさんは言いました。

 

そんなTさんに医師はこのように話しました。「認知症になったからといって、感情や気分が全く無くなるわけではありません。叩かれれば痛みも感じるし、悲しい気持ちにもなります。穏やかな気持ちで過ごしてほしいというのはご家族の思いとして当然のものだと思います。痛みがなくて、ということでしたが、例えば点滴を希望するのであれば針を刺すわけですから、痛みは生じます。病院へ行けば点滴は当然行うでしょうし、栄養分を含む持続的な点滴を希望するのであれば、首の辺りにある大きな血管から針を入れる処置を選択肢として提案されるかもしれません。そういったことを行えば、このまま施設で何もしないよりは長い期間生きることができる可能性は高いです。その上で、どのようにお考えですか?」

 

Tさんは、考え込むように黙ってしまいました。私は、「難しく考えずに、率直なTさんのお気持ちをお聞かせ願えますか?Mさんにどのように過ごしていただきたいですか?」と訊ねました。

 

「病院で針を刺されて長く生きても、幸せではないような気がします…。」Tさんはそう答えました。「ここで毎日いろんな人に声をかけてもらって、穏やかに過ごすことが母にとって良いのではないかと…。点滴とか、いろんな処置をしても今の母には理解ができないので…痛みを伴う処置は、母にとってはただ痛いだけです。」

 

「食事がとれなくても、何も処置をせず自然な形での最期を望むということでよろしいですか?」看護師が確認しました。

「それで、いいんでしょうか…。わかりませんが、安らかに最期を迎えてほしいので、点滴とかは望みません。」

 

Tさんは、今まで迷ったときにはMさんの正しいという道を選んできたと言っていました。自分で選択や決断をしてこなかったということかもしれません。そんな母親の最期をどうするか決断を迫られるということは、きっとTさんにとって、とても重く困惑することでしょう。Tさんの言葉には最後まで迷いが見えましたが、導き出した結論はTさんがMさんのことを思い、考えて辿りついたものと思われました。

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