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【第4回】 愛されキャラのお婆ちゃんと、面会に来ない家族 ~Tさんの気持ち~

「でも、別に意向なんて大層なものはないんです。安らかに最期を迎えてくれればそれで良いかなって…。」そう言ったっきり、Tさんは黙ってしまいました。困惑しているようにも見え、もうその日はそれ以上ご家族としての気持ちを引き出せそうにありませんでした。

 

「別に、今すぐ決めなければいけないということではないんです。これはとても大切なことで、簡単に答えが出るものではないと思うので、これを機会に考えてみてください。」とお伝えし、その日は終えました。

 

イマイチTさんのMさんに対する思いがわからず、私は少し困惑していました。カンファレンスを終え、玄関まで送る道すがら、「MさんはTさんにとってどんなお母さんだったんですか?」と聞いてみました。するとTさんは、少しの沈黙の後、こう答えました。

「母はいつも正しく、私を導いてくれる存在でした。困ったときや迷ったときは、母が正しいと言う道を選んできました。そしてそれを後悔したり間違っていたと思ったことはありません。本当に真っ当な人でしたし、尊敬していました。」

 

Tさんの言葉からは、MさんがTさんにとって昔も今も絶対的な存在であることが伝わってきました。そして、そのように娘を導くMさんというのが、今のMさんからは想像がつきませんでした。

 

玄関に着き、靴を履き替えるために下駄箱の前で足を止めたTさんは、私の方を振り返り、こう言いました。「私、今の母を見るのが怖いんです。」

 

「えっ?」思わず聞き返すと、Tさんはさらに言葉を続けました。「怖いんです。昔から間違ったことを言わない、しっかり者で偉大な存在だった母が、今は赤ん坊のように言葉も喋れず、ご飯もトイレも自分では何もできない。信じられないし、どう接したらいいのかわからないんです。申し訳ありません…。」そう言うと、Tさんは私に頭を下げ、そのまま逃げるように帰ってしまいました。

 

私は、初めてTさんに会ったときの様子や、近くに住んでいるのに全く面会に来ないこと、その日のカンファレンスでTさんが言ったことなどを思い出しながら、帰り際のTさんの話に込められた思いを考えました。Tさんの話には、畏れとも受け取れる母への思いがありました。Tさんにとって尊敬する母親だったMさんの「老い」を受け入れることができないのです。そんな状態で、母親の最期の形をどうするかと決断を迫られても、答えを出すことができないのは当然かもしれないという気がしました。

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