社会福祉士コラム

【小説風事例紹介】認知が始まってきた様子のボランティアKさん

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1.Kさんとの出会い

はじめに、私は大学卒業後に社会福祉士の受験資格をとるため1年間専門学校に通い、その後社会福祉士を取得しました。大学では外国語学部に所属しており、福祉の世界を志したのは21歳頃です。

 

社会福祉士の資格を取得後、介護老人福祉施設(いわゆる特養)にて介護職員として3年半従事し、その後特養の相談員を6か月、ショートステイの相談員を6か月経験しております。後に退職し、社会福祉協議会にて地域福祉員として就労しております。今年で29歳になります。

 

それらの経験を踏まえ、現場ではどのようなことが起こっているのか、どんな人が何に困っていてどのような支援を必要としているのか、なかなか学校の勉強では知ることのできないことを皆さまにお伝えできたら良いなと思い、筆をとらせていただきます。

 

どうぞよろしくお願い致します。

 

さて、初回であるこの度は、現在働いている社会福祉協議会(以後、社協)で出会った方についてのお話を書こうと思います。

 

私の働いている地域福祉課には、ボランティアセンターというものが併設されています。通称ボラセンと呼ばれるこちらのセンターは、ボランティア活動をしたいと考えている方と、ボランティアでこういうことをしてほしい…と困りごとを抱えている方の間に入り、両者を繋ぐ橋渡しとなることを主な役割としています。

 

また、数人のメンバーでサークル活動などをするボランティアグループも複数登録しており、その方々に対して社協の中にある部屋を無料で貸し出したりもしています。会議室や録音室、集会室や調理室など様々な設備の部屋があり、その活動の用途に合う部屋を選んでいただきます。

 

今回お話しするKさんは、社協に出入りするボランティアさんの中の1人でした。70歳半ばくらいの女性で、いつもはつらつとした元気な方でした。現役時代は中学校で教鞭をとっており、先生らしくはきはきとした喋り方が印象的です。目の見えない方のために本の朗読をして、それをテープに録るという活動をするボランティア団体に所属していました。

 

2.些細な変化

私とKさんは、部屋の貸し出し手続きでやりとりをしたり館内で顔を合わせたりしていたため、普段から何度か言葉を交わす機会がありました。Kさんの私生活のことや活動内容などについて深く話すことはありませんでしたが、しっかり者で活き活きとした方という印象を抱いていました。Kさんは週3日ほど社協に出入りしていました。

 

そんなKさんが、最近少し変わったなと感じたのは1か月ほど前のことです。その頃から忘れ物や日時を間違えるということが起こり始めました。

 

活動を終え、社協を後にしてから1時間ほど経って、「帽子忘れちゃったわ」と戻ってきたことがありました。そんなことは普通の人でもあることなので全く気にしていなかったのですが、その数日後に今度は活動を予定していない日にいらっしゃったのです。「今日じゃなかったかしら?」と不思議そうにスケジュール帳やカレンダーを確認し、「おかしいわね…」と呟きながら帰っていきました。

 

そしてその翌日、また同じことが起こりました。予定していないのに、Kさんがまた来たのです。「今日じゃない?私間違っちゃったかしら。」

 

本格的にちょっと変だなと思ったのはこのときでした。2日続いてこんなことが起こったという事実もそうですが、このときKさんは「昨日も来た」ということを全くわかっていないように見えたのです。普通の人であれば、「昨日も間違えたのに連日でこんなことしちゃって。」という気持ちが湧き上がりそうですが、Kさんは前日のことをまるで覚えていないかのようでした。

 

「ちょっと始まっているな」と思いました。認知症という言葉は、今では誰もが聞いたことのあるものでしょう。認知症というものは、なり始めが一番辛く、対応の難しい時期なのです。

 

まさしく今のKさんの時期ですが、症状の出方は人によって個人差があるものの、異変に周りが気付き始めます。しかし、まだ「少しおかしいんじゃないか?」という程度のため、周りも様子を見ます。そして本人も、この頃はまだ自覚があるのです。「私、なんだかおかしいのかしら?」と、周りの様子などから敏感に察知します。そのため、ちょっとした周りの言動や反応の違いなどで傷付いてしまうのです。

 

3.バッグがなくなった

Kさんの変化は、ボラセンに勤務する私以外のメンバーも同じように感じていました。「少し気をつけて見ていた方がいいね」という話になりました。

 

この時期は本人が「おかしいかも」と心のどこかでは思いつつ、「いやまさか自分が、そんなはずはない」と自分を律する気持ちが働くため、周りにそれを気取られることのないよう振る舞います。そのため、トラブルが起きやすいのです。何か自分の異変を指摘されたりなどしたときに、受け止めきれず怒ってしまったり、パニックになってしまう方もいます。そのため、周囲が配慮する必要があるのです。

 

そして、そんなことを話していた矢先に、社協全体を巻き込む事件が起きてしまいました。別階の職員から内線が入り、「年配の女性が荷物がなくなったと大騒ぎしているが、ボラセンに関わりのある方ではないのか?」と連絡が入ります。そのフロアへ行くと、職員と話しているKさんがいました。見たことのないような不安気な表情をしていました。

 

私と目が合うと、「あぁ、来てくれたのね。荷物がなくなっちゃったのよ。」と言いました。「それは大変ですね。何がなくなったんですか?」と聞くと、「バッグなの。」と、興奮気味に説明してくれました。

 

Kさんが言うには、駐輪場に停めていた自転車のカゴの中に入れていたバッグがなくなってしまったということでした。何故カゴにバッグを入れたままにしていたのか?と聞くと、忘れたまま館内に入り、活動場所へ着いてからバッグをカゴに入れたままだということに気付いたため戻ったが、そのときにはもうなかったと答えました。

 

「一緒にもう一度自転車のところへ行ってみましょう。」とKさんと共に外へ出ました。駐輪場で、「この自転車のカゴに入れてあったの。」とKさんの指す自転車のカゴには、確かに何も入っていません。

 

「じゃあ念のため館内も探しましょう。」と、Kさんたちのいつも使う部屋などを一緒に見て回ることにしました。

 

4.ご家族の情報

館内を一緒に歩きながら、Kさんはバッグの形状や色を説明します。それを語るKさんの目は不安に満ちていて、私を見ているようで見ていない目をしていました。

 

そして、バッグはいつもKさんの使う部屋の、椅子の下に置いてありました。他のメンバーは活動を終えてすでに帰ってしまったようでした。「Kさん、ありましたよ。」と声をかけると、「さっきはなかったのに…。」と言いました。

 

「でも、椅子の下に落ちていたから、これは普通見落としてしまいますよ。」と言いましたが、Kさんはすっきりしない顔をしていました。

 

そのままKさんは帰られましたが、私は周囲に少し話をしておく必要があるなと感じました。Kさんの活動するボランティアグループのメンバーも、何か変だなと思っているかもしれません。そしてその方々が認知症に対する正しい知識を持っている可能性の方が低いだろうと思ったからです。また、家族はどのように感じているのだろうか?とも考えました。

 

ボラセンのスタッフにも聞いてみると、勤続15年のスタッフSさんは、Kさんとはもう8年の付き合いであり、家族の話をしたこともありました。Kさんには独身の息子さんが1人いて、現在はその方と2人暮らしをしている。旦那さんは数年前に脳出血で倒れ、そのまま亡くなってしまったと聞いたことがある、ということを教えてくれました。

 

また、Sさんから「あの息子さんはお母さんが認知症かもしれないと言ってもおそらく受け入れられないのではないか。」という言葉がありました。何故そう思うのかと聞くと、「一度電話で話したことがあるけど、昔から先生として働いていた母親をとても尊敬していて、この年になってもボランティアだなんだと精力的に活動している母親はとてもしっかりしているという思いが強いな、という印象を受けた。」と答えました。

 

「確かにそれは…」難しいかもしれないな、と思いました。そうでなくても息子というものは、娘に比べて「母親」に対する愛情や思い入れが強い傾向にあるかと思います。そのためか、実際に認知症や「母親の老い」を感じさせる身体の変化などを、すっと受け入れられない要因にもなってしまいます。

 

5.同じボランティアグループのHさん

そこで私は、まずKさんの活動するボランティアグループのリーダーの女性、Hさんに話をすることにしました。ある日の活動後、少しだけ時間をとっていただき、最近の活動はどうですか?という話から始めました。

 

すると、Hさんの方からKさんの話題が出ました。「活動は変わりなくやっているんですけどね、Kさん…なんだか最近少し気になるのよね。」

 

やはり気付いているな、と思いながら、「気になるというと?」と掘り下げて聞くと、「なんだかぼんやりと考えごとをしているようなときがあったりね、本の朗読も前回すでに録音したものをまた録ろうとしたり、あとなんだかこの頃物をよく失くすのよ。この間は携帯電話がないって録音室を2人でさんざん探して、結局家にあったらしいのよね。もともと持ってきてなかったのよ。でも、探しているときには絶対持ってきたって言っていたのよね…。みんな、最近Kさんどうしたのかしらって言っているのよ。」と話してくれました。

 

知らないところでいろいろと症状は出ていたようです。そしてやはりメンバーの方々も異変に気付いていました。私たち職員よりも一緒に活動しているメンバーの方がKさんと過ごす時間は長いので、考えてみれば当然です。

 

「私たち職員も最近少し気になっていて、実は今日はそのことをお話ししようとお時間をいただいたのです。おそらくまだ病院にも行っていないと思うので、Kさんに何が起きているのかはわかりませんが、前とは少し違っているのは確かです。ただ、別に特別なことではありません。今までしてきた活動ができなくなるというわけでもないと思います。私も時間をかけてKさんと今後もお付き合いをしていきたいと思っていますし、機会があればご家族さんにもお話したいなと思っています。ボランティアグループの皆さんには、どうか今まで通りに接していただきたいなと思うのです。何か失くしてしまったり探し物をしているときには、否定したり突き放さずに話を聞いてあげてください。それが難しいときにはいつでも教えてください。私たちも全力でサポートします。」

 

Hさんにはこのようにお話ししました。

 

6.病院へ行ってもらうには?

Hさんは、「わかりました。会のみんなには私から話をしておきます。大丈夫だと思います。みんな少し変だなと気にしてはいますが、それは別に変な人に関わりたくないとかそういうことではなくて、単純に心配しているんです。うちの会は平均年齢76歳です。みんな認知症とかそういうものは他人事ではないと感じています。今まで通りKさんとは活動を共にして、何か困っていればできる範囲で助けてあげればいいのですよね。そんなのは認知症とか関係なく、誰であっても当たり前のことです。」と言いました。

 

素晴らしい人だな、と感じました。本当は会のメンバーにも私から話をした方がいいかな、と思っていたのですが、Hさんに任せて大丈夫だと思いました。

 

「認知症」だから助けてあげなきゃとか、特別扱いをしてほしいわけではないのです。今まで通りで良いのです。今までと同じようにその人が周りの人たちの中で生きていけることが何より大切なことなのです。「認知症」になってしまったから、もう今まで通りにはできないね。となってしまうのが一番悲しいことです。

 

Hさんには、まだ診断も下りていないだろうし、認知症かどうかもわからない段階だということを伝え、ご理解いただいた上で話を終えました。

 

息子さんには私からお話をしたいなと思いましたが、まだその段階ではないのかもしれないと思いました。一緒に生活しているのであれば、おそらく異変には気付いているでしょう。まずは受診してもらった方がいいなと思いましたが、可能であればご本人自ら病院に出向く形にしたいなという気持ちでした。

 

「どうしたらいいと思う?」ボラセンの仲間に相談しました。「あの時期の本人への伝え方は難しいよね。言い方によっては逆上しちゃうし、深く傷つけることになっちゃうから。」話をしていると、たまたま別フロアの老人センターに勤務する看護師さんが来ました。

 

専門職からの意見が欲しいと思い、彼女にその話をしてみると、「新しい血圧計がきたから、とでも言って血圧測ってみる?それで、少し高いから病院に行ってみたら?って言うとか。」とアドバイスをくれました。

 

目からウロコという気分でした。なるほど、認知症かもしれないよなんて言わなくても、病院にさえ出向いてくれれば良いのです。もちろんこの場合は医師に正しい説明をするため、事情をわかった方(もちろん家族が好ましい)が同行する必要がありますが…。でもこの方法ならKさんを傷つけることなく病院へ行ってもらうことはできます。

 

7.今までと変わらずに

その翌日、活動日だったためKさんが社協に訪れていました。お昼休みにトイレで会ったため、私は「Kさんって息子さんと2人暮らしなんですってね。こういう活動もしながらおうちのこともやったり、大変じゃないですか?」と聞いてみました。

 

すると、「すぐ近くに妹が住んでてね、私がこうやって外に出ている日なんかは家のこと手伝いに来てくれたりしてるのよ。今日も来てるの。」と話してくれました。

 

それを聞いて、私はKさんが社協で活動中にKさんの家に電話をしてみることにしました。妹さんと話がしたいからでしたが、息子さんが出たら息子さんと話そうと思っていました。Kさんはボランティア登録をした際に自宅の電話番号を記載していたため、そこから連絡をとることができました。

 

数コールの後、女性が電話に出ました。案の定、Kさんの妹さんでした。私は突然お電話を差し上げたことを謝罪し、社協内やKさんの活動するグループ内で最近のKさんについて少し気になることがあるという話をしました。

 

すると妹さんも、「やっぱりそちらでもそうなんですか。私も最近お姉ちゃん少し変だなと思っていて、だから家のこととかを手伝いに来ているんです。」と話してくれました。

 

一度受診をした方が良いのではないかと思っていること、最近では良い薬も多く開発されており、早い段階から服用することで今までと変わらぬ生活をより長く送ることもできることなどを伝えました。

 

後日、Kさんは例の「血圧作戦」で、妹さんと共に病院へ行くこととなりました。「アルツハイマー型認知症」と診断され、薬も服用することになりました。ご本人にはまだ診断名を告げておらず、少し血圧の薬を服用するようになったと説明しているが、折を見て話そうかとも考えていると妹さんから聞きました。

 

息子さんにも妹さんから話をしたところ、受け入れ難い様子ではあったが息子さんもKさんの変化は目の当たりにしていたため、自分にできることはするという気持ちをもって協力してくれているとのことでした。

 

Kさんは今も変わらず週3日ほど、社協に来てボランティア活動をしています。相変わらずしょっちゅう物を失くしているようで私も時々一緒に探したりもしますが、会の中でも大きなトラブルなどは起きていないそうです。

 

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